曽田博久のblog

若い頃はアニメや特撮番組の脚本を執筆。ゲームシナリオ執筆を経て、文庫書下ろし時代小説を執筆するも妻の病気で介護に専念せざるを得ず、出雲に帰郷。介護のかたわら若い頃から書きたかった郷土の戦国武将の物語をこつこつ執筆。このブログの目的はその小説を少しずつ掲載してゆくことですが、ブログに載せるのか、ホームページを作って載せるのか、素人なのでまだどうしたら一番いいのか分かりません。そこでしばらくは自分のブログのスキルを上げるためと本ブログを認知して頂くために、私が描こうとする武将の逸話や、出雲の新旧の風土記、介護や畑の農作業日記、脚本家時代の話や私の師匠であった脚本家とのアンビリーバブルなトンデモ弟子生活などをご紹介してゆきたいと思います。しばらくは愛想のない文字だけのブログが続くと思いますが、よろしくお付き合いください。

ようやくと言うか、ついにと言うか、やっとこ辰敬紙書籍の試し刷りまで漕ぎつけた。本当は22日の3時からアップする予定だったが、私の代わりに作業をしていてくれた後輩脚本家のS君がSDF化した原稿をどうしても貼り付けられない。前日は朝9時から最後の作業をしていて、簡単に終わると思っていたSDF化で悪戦苦闘。半徹夜して9時間かかって原因判明。彼が使っていたSDFが純正品ではなかったからだとわかり、彼は30日無料の正規のSDFでやり直し、貼り付けはできたのだがタイムオーバーになってしまい、今日、24日の3時に延びていたのだ。
3時になって携帯で連絡あり。今日はアップできると言うが、今日も半徹夜。本の大きさは四六版という普通の本のサイズで、活字の大きさ、行数、一行の文字数も決め、ページ数も354頁のペーパーバックに決めたのだが、余白をとるのに一苦労したと言う。AmazonKindleはアメリカだからすべてインチで計算しないといけないのだ。いちいちミリ単位になおして余白をはかりやっと頁を見ると、どうも頁の内側の幅が狭いような気がして、それを訂正しようとしたのだがどうしてもうまくゆかず、それだけで7時間かかったと言う。結局、力尽きたので勘弁してくれと言うので了解する。原稿をアップした後、見たが我慢できないほどではなかった。
そして、いいいよ作業開始。やり方はこうだ。彼は自分のPCで私の原稿と表紙を使って実際に出版手前まで進めていたので、携帯で私にやり方を教えながら進めると言う方法である。
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左)まずSDF化した原稿をアップしたところ。原稿は単頁で示される。
右)SDF化した表紙と背表紙と裏表紙を一枚の型に貼りつけたもの。表紙はデザイナー。背表紙と裏表紙はS君が作ってくれた。下部がきれてしまっているが、裏表紙の左下にはISDNのバーコードが張り付けてある。いわば本の身分証明みたいなもの。出版社はどこもこのバーコードで取引する。kindleはこれを無料で提供してくれるのだ。
ここまでやって、最後に本の値段を決める。
この小説の場合、印刷コストは914円とわかる。本の値段はこれ以上好きにつけられるのだが、kindleでは印刷コストが914円の場合は最低1523円で出版することが決められているので、1523円以上の値段をつけないといけない。私はきりのいいところで1550円に決めた。2000円を超えたらどうしようと思っていたのでほっと胸を撫で下ろす。
そして、最後に試し刷りを依頼する。試し刷り料金は914円。一週間後ぐらいには届くらしい。それを見て、修正して、もう一度試し刷りすると、年内に発売はちょっと無理かもしれないが目途はついた。来春には4巻が揃うと思うと今から待ち遠しい。

最後にS君に言った。「俺にはできないよなあ」
「はい、絶対にできません」と、絶対にに力を込めて言った。

4月から始めて、彼も仕事があるのでここまで時間がかかってしまったが、とにもかくにも1巻の試し刷りまでは辿り着いた。S君も2巻~4巻は1巻と同じことの繰り返しだからもう楽だと言う。あと残るは3巻。頑張ろう。

AIのおかげで、ほんとにもうえらい目にあった。
ことの発端は出雲市の健康診断。市から無料だから受けてくださいと言う通知が来たのが6月。3月に膵管のMRIを受けた時にちゃんとした血液検査を受けてなんともなかったので受ける気はなかったのだが、3ヶ月経っているので受けてみるかとかかりつけ医で健診を受けたのが7月8日。しばらくして結果が届く。尿蛋白+と判定されていたが、たいしたことはあるまい。何かの間違いと言うこともあるしとほうったらかしにしていた。
すると10月も末になって市から通知が届く。尿蛋白+なので再検診を受けて下さいとの通知だった。相変わらず軽く見て2、3日ほうっておいたのだが、市は結果が悪い人に通知している訳で、そう思うとなんとなく不安になって来た。そこで、尿蛋白+だとどういうことになるのかとAIに聞いてみることにした。私のパソコンのAIはcopilotである。
「78歳男性。IPMN(膵管内乳頭粘液性線種)の患者です。尿蛋白+と判定されました。どういうことが考えられますか」と聞いた。即座に答えが戻って来た。「腎機能障害が考えれます」
ガーン!この時のショックは7年前、IPMNと診断され、カナダの大学の血液検査で97%の確率で膵臓癌になりますと宣告された時のものに次ぐものだった。腎機能障害と言うことは透析を受けなければならないことになるのか。どんよりして目の前がまっくらになる。食事療法のおかげかその後IPMNが進行することなく、担当医からも「もう大丈夫だよ」と言われてはいるが、膵管に悪いものがあるのはたしかなのだ。この上、腎臓病なんて、勘弁してほしかった。
真っ先に頭に浮かんだのは食事のことだった。IPMNの食事だけでも節制して来たのに、その上、腎臓病対策なんて頭が破裂しそうだった。
取り急ぎ、再検査しなければならないのでかかりつけ医に予約したのが10月31日。ところが11月1~3日が3連休、11月4日は親戚のおばさんを連れて母の見舞いに行くことが決まっていて、11月5日は孫娘の保育園の焼きいも会。結局11月6日に再検査を受けることに。
まだ6日もある。その間、ただ心配したり、悩んでいたもしょうがないので、私は腎臓病と診断された時に慌てないようにその間、腎臓食を研究し、その日から腎臓食の実践を始めたのだ。大変なのなんのって、その大変さはIPMNどころではなかった。IPMNの場合は先生から「酒と甘いものを控えるように」と言われただけで、油ものや肉類を断っただけで済ませて来たが、これに腎臓病対策を考えたら
食べるものがなくなるのだ。ないわけではない。あることはある。たらとか白身魚とか。鶏胸肉とか。でも、それだけしかなく、それだけの調理法も焼くか煮るか蒸すしかない。一番大変なのは塩分。塩分を控えるためには、醬油もコンソメも鶏ガラスープも全部減塩。もちろん味噌も。今まで不通に使っていたミネストローネやチャウダーのスープ液もそのままだと全部アウト。6日間、AI使って腎臓病の食事の研究と実践に取り組む。
そして11月6日の再検査。採尿して調べたら「大丈夫、-ですよ。曽田さんの腎臓はこのグラフの一番端っこの、この一番だいじょうぶなところに入ってますから安心してください」と言われる。
ほっと胸を撫で下ろし、先生にぼやいた。
「AIに聞いたんですよ。IPMNで尿蛋白+だとどうなりますかと」
「どうなると言いました」
「腎機能障害の恐れがあると」
先生、笑って言いました。
「私、AIに勝ちましたね。そんなことありませんよ。間違ってますよ」
あの6日間は何だったのだろう。
帰り際、先生に言った。
「でもIPMNだから食事には気をつけないといけないから、これからは塩分にも気をつけようかな」
「それはいいことです。日本人は塩分のとりすぎですから」
数日後、気が付いた。
copilotの質問欄の下に小さく
『copilotは間違える可能性があります』と表示してあった。

よそはどんどん冬野菜や来年の春野菜を植えすくすく育っているのに、我が家は遅れに遅れこれ以上遅れる訳にはゆかない。本山参りもある。焦りまくってようやく来年の春用の畝を作り終えたのが、今から1ヶ月前の10月14日。
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手前から苺用の畝を3つ。次が春キャベツと極早生玉ねぎの畝1つ。次がニンニクの畝が2つ。一番向こうが春キャベツの畝1つ。計7つ。去年は空豆の2畝。スナックエンドウなどの豆類1畝を作って全部で畝は9つ作ったが、今年は空豆と支柱を立てる豆類をつくるのが手間がかかって大変なのですっぱりとやめて、畝の数を減らした。沢山作るのが辛くなったのが一番の理由だ。10月で78になったもんなあ。
ただ減らしたのはいいけど、私は全部の畝にマルチを張るので植え付けをするたびに、畝の形や畝幅を整えたり、もうひと手間かかる。凝り性で丁寧にやるから時間がかかるのだ。
10月20日             10月21日 
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左)本山参りから帰って来てから植え付け開始。冬の白菜は間に合わないので、早生で何とか冬の間に食べられると言う白菜を植える。
右)春キャベツ(春波キャベツ)を植える。白菜もキャベツも苗は売り切れそうになっていた。かろうじて間に合う。
10月27日             10月29日
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左)極早生の玉ねぎ(ジェットボール)いわゆる新玉ねぎである。100本植える。去年はもっと早く植えたのだが、今年は暑くて生育が悪く、店頭に出るのが遅かった。そのせいか植えたら90本弱しかない。去年までだったら100本苗を買っても、5本以上は余ったのに。しかも10本以上は吹けば飛ぶような細くて小さな貧弱な苗。文句言いたかったけど、面倒くさいので泣き寝入り。
右)3日かけて苺の苗を植える。全部今年作った苺のランナーが伸びてそこに出来た苗だからただだけど、夏の暑さと雑草で枯れたものが多く、全部小さな苗。3つの畝に72本とプランター2個に6本。一番右の畝には25㎝間隔で植え、真ん中の畝には30㎝間隔、一番左の畝には40㎝間隔で植える。去年も25
㎝間隔で植えてそこそこ出来は良かったのだが、ネットを見るとどれも30~40㎝間隔で植えると出ているので急に不安になって、間隔を広げて植えてみたのである。結果はいかに。
だが別な不安がもう一つある。毎年、同じ苺の苗を使い続けると出来が悪くなるとあったのだ。私は3年前に分けてもらった苺苗を使い続けている。もしその苗が前年に買ったものだとしたら、4年連続同じ苗を使い続けることになる。なんだかこっちの方が心配になって来た。
果たしてどうなることか。孫たちはじいじいの苺を楽しみにしているのだ。冷凍すれば保存がきく。それを半解凍して練乳をかけて食べると美味いのだ。
11月8日から10日にかけて、マルチを張ってニンニクを植えた。横幅に5つの穴が並ぶ。きちんと植えるためには畝が曲がっていたり、途中で狭まったりしたらいけないので紐を張って定規で測ったように作る。
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マルチを張り終わったところ。穴は横5つ、縦57で畝一つで285個の穴。
左の畝)こちらに今年取れたニンニクを軒下に吊るしていたものを植えるが、今年の暑さでからからに乾燥したものや、逆に腐ったものもあって、250個ほどしか植えられなかった。
右の畝)自家採れのニンニクが圧倒的に少なかったので、6球入りの青森ニンニクを9つ買う。計54球。
ばらばらにしたら小さいのも含めて300個近くあったので、これを右の畝全部に植えつける。余った分は左の畝の開いた穴に植え付ける。
11月17日現在の畑
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左)新玉ねぎ。ぼろ苗だったけれどしゃきっとして来た。玉ねぎは強い。
右)白菜があっと言う間にこんなに大きくなった。
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左)苺の成長は遅い。去年も一気に大きくなったのは春になってからだった。
右)春キャベツは成長が早い。
毎月、私の生存を確かめに来る民生委員さんがキャベツが虫に食われていないのでびっくりする。彼のところは虫に食われて穴だらけだと言う。私はたぶん隣に咲いているマリーゴールドのおかげだと思っている。マリーゴールドは害虫をよせつけないと聞いて植えたのである。
去年は最後にニンニクを植えたのが11月20日だったので、去年より10日も早く農作業を終えることが出来た。・・・のだが、苺の間隔をあけたので苗が20本以上余ってしまった。捨てるのはもったいない。
隣家の空地が草ぼうぼうなのでそこを借りて残りの苺を植えることにした。畝なんか作らない。枯草を取って掘り返し、堆肥を入れて適当に植えるだけである。あとは植えっぱなしで苺を作る。これで空いた畑に10年以上も苺を作っている人がいるので私も試してみようと思ったのだ。
バカだなあと思う。忙しい忙しいと言いながら、この上また仕事を作ろうとしている。

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