曽田博久のblog

若い頃はアニメや特撮番組の脚本を執筆。ゲームシナリオ執筆を経て、文庫書下ろし時代小説を執筆するも妻の病気で介護に専念せざるを得ず、出雲に帰郷。介護のかたわら若い頃から書きたかった郷土の戦国武将の物語をこつこつ執筆。このブログの目的はその小説を少しずつ掲載してゆくことですが、ブログに載せるのか、ホームページを作って載せるのか、素人なのでまだどうしたら一番いいのか分かりません。そこでしばらくは自分のブログのスキルを上げるためと本ブログを認知して頂くために、私が描こうとする武将の逸話や、出雲の新旧の風土記、介護や畑の農作業日記、脚本家時代の話や私の師匠であった脚本家とのアンビリーバブルなトンデモ弟子生活などをご紹介してゆきたいと思います。しばらくは愛想のない文字だけのブログが続くと思いますが、よろしくお付き合いください。

カテゴリ: 小説「石見岩山城主多胡辰敬」

第四章 初陣(5

 

 牢から出された次郎松は一言も詫びがないと怒っていたが京極邸から出て行こうとはしなかった。長屋をねぐらに賭場通いの日々に戻ったが、百年に一度の運気に水を差され、その後はいい目が出ないとぼやいていた。それでも初戦の赫々たる戦果が忘れられず、未だ御守の力を疑う気配はなかった。辰敬は次郎松には申し訳ないがぼろ負けして多胡博打を忘れてくれる事を願った。

 その後、辰敬は夜の警固を勤めながら深夜の庭で一人剣術の稽古を始めた。顧みて武士たる者が無為な日々を過ごしていることに気が付き愕然としたのである。随分無駄な時間を過ごしたものだ。勿体ないと悔やんだ。座禅も組んだ。見よう見まねだがこの年十五歳になる若者は真剣であった。

 午前中は寝て午後は長屋の部屋に籠もり先ずは四書五経に取り組んだ。だが辰敬はこれまでまともな学問はして来なかった。公典に四書五経を教わったと言っても、しわくちゃの反古の一枚から始まったもので、子供にも分かる処世訓程度のものであった。学問と呼べる深さには到底届いてはいなかった。改めて取り組むとちんぷんかんぷんで乏しい知識と経験を総動員してこんなことを言っているのかと想像するのが精一杯であった。

だからと言って師につくことは躊躇していた。都にいればこそ名僧知識や学者にはことかかない。親もそのような師から学ぶのを期待しているのは分かっているのだが……。そこにこそ上洛した意義があるのだが……。もし厳しい師についてしまったら寝ころんで本を読んでいる事など出来ないだろう。

実は辰敬は四書五経を放り出し、日がな寝転がって草紙類を読み耽っていたのだ。公典のところで反古の断片ではあったがこの類の本が面白いことは知っていたので虜になるのに時間はかからなかった。後は手あたり次第に軍記物や往来物、和歌集や連歌集、源氏物語に、果ては天文、暦、算学書、農業書など文字が連ねてあるものは片っ端から読み耽った。京極邸の納戸には今や誰も読まなくなった書物が埃を被っていたのである。

 辰敬は寝食を忘れ本の世界に没頭した。何物にも代えがたい至福の時間だった。こうして多くの本を乱読しているうちに、辰敬は武士の子にしては妙な本ばかり読むようになった。それは天文や暦、算学、医学、薬草、農学などの実用書の類であった。

 田舎育ちの辰敬は小さい時から虫捕りに明け暮れていた。百姓の目を盗んでは麦畑にもぐり込み雲雀の巣を捜したものだ。雪や雨の多少で作物の出来不出来を予想したし、山の味覚もいつどこに何が実るかは掌を指すように分かっていた。そんな子供だったから出雲の田園を思い出しながら農業書を読んでいると、都と出雲では同じ作物でも種まきの時期も違えば育て方も違う事がとても面白く思えたのであった。

 地方によって枡の大きさが違う事にも驚かされた。都に出て来て漠然と出雲とは枡の大きさが違う事に気がついていたが、その違いを深く考えた事はなかった。地方によってこんなにばらばらだったとは。

 多胡家の石見中野の知行高は四千貫であった。なぜ貫高で表わすのか子供の頃何となく疑問に思った事があったが辰敬はようやくその訳が分かった。都のある山城の百石と出雲の百石では枡の大きさが違うから、同じ百石でも実収入に差が出てしまう。これを銭に換算しておけば山城の百貫も出雲の百貫も収量は異なっても実収入は同じだ。不公平はなくなる。土地の価値は米の石高では正確に表せない。銭に換算して何貫の米が取れるかで決まるのだ。凄い発見ではない。至極当たり前の事だが自分で気がついた事が嬉しかった。

 辰敬はさらに考える。どうして、土地によって枡の大きさが違うのだろう。不便ではないか。統一すればいいのに。なぜ統一しないのだろう。誰も考えなかったのだろうか。そんなはずはない。誰もが統一した方がいいと思っているに決まっている。これは公方様の役目ではないのか。公方様が日本中に号令すればいいことではないか。どうして公方様は統一しないのだろう。公方様はその重要性に気が付かないのだろうか。だったら誰かが教え強力に推進すればいいではないか。どうして誰も教えないのだろう。こんなにいいことをどうしてやろうとしないのだろう。それが(まつりごと)ではないのか。辰敬は枡の大小からそんなことを考える若者だった。

 米の作り方、野菜の作り方、水の管理、堰の作り方、肥料の作り方、天気予報、暦の見方、薬の作り方、病気の予防、虫害や鳥獣害対策、道中の用心、信仰……日常生活のすべてに亘って、知恵が詰まっていた。辰敬は感心した。何と分かりやすく役に立つ情報ばかりなのだろう。知恵の宝庫だった。こんな世の中なのに、庶民は逞しく生きている。無法の世に生活の知恵で張り合っている。名もない庶民の息遣いが聞こえて来るのだった。

 

 六月、突如、三好之長が如意ヶ岳に陣を敷いた。如意ヶ岳は東山連峰の東大文字山の頂きを占める山塊である。そこからは鴨東から鴨川を越えた京の町が一望に見渡せる。

 俄かに都は騒然となった。

 近江の六角氏を頼った前将軍足利義澄は、琵琶湖湖岸に浮かぶ九里(くのり)氏の本拠水茎(みずくき)岡山城(現在の近江八幡市)に庇護されていた。同じ近江に潜伏している前管領細川澄元や三好之長らと共に中央復帰の計画を進めていたのである。

 辰敬は本を投げ出し鴨川の堤へ走った。

 正面に大文字山を望み、如意ヶ岳の辺りに目を転じながらいちの身を案じた。もし三好勢が攻め下りて来たら、いちの寮があるであろう辺りは戦場になるが、そんな事は土倉の泉覚坊も百も承知。もう今頃は退避しているだろう。己が無力が哀しい。遠くにあっていちを思い続ける事の切なさを噛みしめていた。

 管領細川高国は直ちに反撃した。高国勢は高国の被官衆に大内義興と畠山尚順の被官衆が加わり、総勢二万を越える大軍であった。折しも嵐を思わせる梅雨の大雨の中、高国勢がぬかるむ山肌に足を取られながら如意ヶ岳によじ登るとすでに三好勢は逃げ去っていた。後には弓矢や具足、盾、鑓などがことごとく捨てられていた。暴風雨と予想を越えた大軍に戦意を喪失したのだろう。三好之長はまたもや身を隠してしまった。

 将軍足利義尹は義澄一派を一掃するために近江に潜伏する細川澄元と三好之長らのあぶり出しにかかった。義尹は将軍御内書を伊賀、美濃、伊勢、越前に発し、山門にまで出兵を促した。まともに立ち向かっても勝ち目のない事を悟った足利義澄は起死回生の謀略を巡らした。

 

 十月、深夜。

 武家御所の寝殿で就寝中の将軍義尹が賊に襲われた。同朋衆半阿弥の手引きで、夜討ち上手の円珍なる者ともう一名が太刀と長刀で義尹に斬り付けたのだ。義尹は前夜に酒宴があり酔って寝ていたにもかかわらず、賊に気がつくと咄嗟に灯火を消し太刀を取って防戦した。番衆は誰一人として助けには来なかった。呆れた事に番衆も酔っ払って寝込んでしまい襲撃に気がつかなかったのである。

 義尹の寝衣は乞食と見まどうほどにぼろぼろに切り裂かれ、全身に七ヶ所とも八ヶ所とも九ヶ所とも言われるほどの刀傷を受けたが奇跡的に浅手ですんだ。乳母日傘で育った将軍だったら一太刀で落命していたであろう。やっと掴み取った将軍位への執着が義尹の必死の防戦を支えたのだ。流浪を重ね艱難辛苦を舐め尽した将軍だからこその奇跡であった。

 賊が逃亡した後、血まみれの義尹に呼ばれ、番衆は初めて襲撃を知った。前代未聞の大事件に都中が仰天した。

 この暗殺未遂事件は義澄が円珍に依頼したものであった。円珍は時宗の悪党で忍びの心得があった。夜討ち上手の異名を取るぐらいだから名うての暗殺者だった。前将軍派は乾坤一擲の非常手段に訴えたのである。阿修羅の如く斬り付けた太刀の一つが、後一寸深ければ暗殺は成功していたであろう。失敗の報を受けて義澄は天を仰いで切歯扼腕した。

 辰敬も驚いた事は言うまでもないが事件そのものよりも気になる話があった。

 それは円珍たちが武家御所を脱出した時、気がついた門番達が追おうとしたら何処からともなく飛礫が襲いことごとく門番達を打ち倒したと言う話であった。その話を聞いた瞬間、辰敬は飛礫を放ったのは石童丸ではないかと思ったのである。

 かつて辰敬は石童丸の飛礫の正確無比かつ凄まじい威力を目の辺りにした。闇の中でも飛礫を打つと石童丸が豪語したのも聞いた。根拠はそれだけだが辰敬には石童丸以外の人間は考えられなかった。闇の中で百発百中の飛礫を打てるのは石童丸をおいて他にはいないと思っていた。となると石童丸は武士に取り立てられたのだろうか。

 深夜の京極邸で遭遇した石童丸が、

「武士になる」

 と言った顔がまざまざと甦った。

 阿波細川家とか三好家に奉公が叶ったのであろうか。前将軍義澄の(かち)走りにでもなれたのであろうか……。はっきりしていることは、将軍暗殺と言う重大な任務の一端を担うほどに腕を買われたと言う事実だ。辰敬は石童丸が着実に己が目的に向かっていることを確信した。顧みて辰敬はどこへ向かっているのか。何をなさんとしているのか。

 

 永正七年の年明け早々、怒りに燃える義尹は義澄討伐の号令を発した。北近江の守護京極高清と手を結び、雲竜軒という遁世者を大将とする軍団を南近江へ送り込んだのである。

 突然、京極高清の名が登場し、家中は最早表舞台に立つことがなくなった悲哀を改めて噛みしめたのであった。どっちが勝っても京極家に影響はないのだが、義尹方が勝ったとしても高清にだけは手柄を挙げさせたくないのが家中の正直な気持だった。

 その願いが通じたのか、甲賀に逃げ込んだ六角氏は甲賀の国人衆と共に反撃し、幕府軍を壊滅させた。大将の雲竜軒も討ち取られる始末だった。

 次郎松はそれ見たことかと大喜びした。 何でも討伐失敗の方へ賭けてかなり儲けたらしい。これには後日談がある。その話を聞いた家中の侍が、そんな賭けがあったのならなぜ教えなかったのかと次郎松に因縁をつけ、酒手をふんだくったと言うのだ。

「牢にぶち込み、殴る蹴る、さんざん痛めつけておいて、なんちゅう奴らや。貧すれば鈍すとはこのことや」

次郎松の怒るまいことか。

 

一方、細川澄元は六角氏や甲賀の力を得て幕府軍を撃退したものの近江滞在の限界を知り、態勢を立て直すために三好之長とともに本国の阿波に戻った。

 義澄は水茎岡山城に残った。

 水に囲まれた琵琶湖の城から南東の甲賀山地までは指呼の間と言ってよい。危なくなったら六角氏と共に甲賀の山中へ逃げ込めばよい。甲賀の国人衆に守られている限り安全な事は証明された。

甲賀は国人衆の連合体からなる国であった。横の繋がりが強く古来より独立自尊の気風に富み、外敵に対しては常に結束して当たった。山地で地形は険しくその地形を利して戦う甲賀衆にいつの時代も攻め手は翻弄された。どれほどの大軍をもってしても甲賀攻めは失敗の歴史であった。

 澄元と之長が近江を去ったので表面上は平和が戻ったように見えたが、義澄と澄元達は近江と阿波から都を挟み撃ちにする作戦を新たに練っていた。

 

 六月の末、侍部屋の前を通りかかった辰敬は鷲尾に呼び止められた。

「柱立をしたそうやな」

 柱立とは建物を建てる時、基礎を固めその上に柱を立てる事を言う。手斧始め、柱立、上棟式と続く、建築における重要な区切りの儀式である。

 鷲尾が言う柱立とは杵築大社造営の事である。辰敬にはまだ報せが届いていなかったので今初めて知ったことになる。一昨年の秋に造営の宣言があり、着工したのが去年の五月、順調に進んでいると聞いていたのだが鷲尾の薄笑いが気になった。

 この男がこのような嫌味な笑みを浮かべる時は決まって出雲がらみの話題であった。

 身構えると果たして、

「さすがは悉皆入道殿と感心しておったのやけど、何や、聞いたところによると、正殿の柱が足りんかったそうやないか。北西の端の柱が間に合わんかったのや」

 心の臓がどきんと鳴った。さすがに不安になる。その不安を煽るかのように侍部屋から聞えよがしの声が続いた。

「尼子殿も参拝した正殿立柱やと言うのにみっともないことやなあ。都じゃありえん話や」

「そら、出雲じゃ、ええ柱も集まらんかったんやろう」

「せやなあ、都やったら、木曾を筆頭に伊勢や紀伊、丹波の良材が集まる。海を越えて四国からも運ばれて来るよってなあ」

「尼子殿も威勢のええこと言わはった割には、正殿の柱も揃えられんとはなあ。(おお)(やしろ)はちゃんと出来るんかいなあ」

 鷲尾がいかにも心配そうな顔をした。

「入道殿に責めが及ばねばよいが。わぬしの親父殿はその前に腹を切ったりしかねぬ。そう言う御仁と聞いとる。心配やなあ」

 散々に脅されて辰敬は二、三日眠れなかったが、八月に入ってすぐ最後の柱が無事に立ったとの報が届いた。

誰も何も言わなかった。

 造営奉行亀井秀綱や父の忠重が責任を問われる事もなかった。ことさら騒ぎ立てるほどの事ではなかったようだが、鷲尾は嫌味を忘れなかった。

「考えてみたら、尼子殿の御縁に連なる者を咎めるはずがあらへんわなあ」

 その少し前に辰敬の姉の袈裟は経久の次男孫四郎に嫁いでいて、鷲尾達は忠重が造営奉行になれたのも娘のお陰と陰口をきいていたのであるが、それから暫くして経久が伊予守に任官し、孫四郎が細川高国の偏諱を受けて国久と名乗ると諦めたかのように黙ってしまった。

 

 その頃、本国阿波に戻った細川澄元は兵力の回復に努める一方、前典厩家・摂津分郡守護だった細川政賢や淡路守護細川尚春、和泉上守護細川元常らとの結びつきを強めていた。

永正の錯乱後、澄元を支持したため高国によって典厩家を追われた細川政賢は言うに及ばず、細川尚春も細川元常も細川一族では家格の低い野洲家の高国が一人だけ突出して出世した事に反発していたのである。

澄元は細川一族を切り崩し、播磨守護赤松義村をも味方に付ける事に成功した。

こうして反撃態勢は着々と整えられ、明くる永正八年となった春、満を持して足利義澄が挙兵した。

義澄は若狭や近江の有力な武士や寺院などに盛んに書状を送った。大内義興を牽制する為、九州の大友氏にも大内氏の背後を突くように出兵を促す書状を送った。

義澄に呼応して、細川澄元も大和や和泉、河内などの諸将に忠節励行を督促した。

近江と阿波から戦いの狼煙が立ち昇り、近畿の情勢はにわかに風雲急を告げた。

七月十三日、細川澄元と三好之長は阿波を発向、泉州堺に上陸した。

先陣の大将は細川政賢で、細川元常・山中為俊らを率い、高国方の深井城(現在の堺市)を落とした。

河内では澄元と連携する畠山義英が、高国派の宿敵畠山尚順を打ち破り高屋城へ入った。

精強な阿波兵が鋭気を養い、態勢を立て直して攻め寄せたのであるから、澄元勢はたちまち和泉・河内を制圧した。

一方、淡路守護細川尚春は摂津に上陸、播磨守護赤松義村も摂津に攻め込んだ。尚春の淡路衆は兵庫口で敗れたものの、赤松勢は破竹の勢いであった。

日々もたらされる情報に、京極家中は尻の落ち着かない日々を過ごしていた。そこへ大内義興が石見の諸将に上洛を要請したとの報せがもたらされたから邸内はにわかに浮足立った。

家中のみならず、都の人々は皆、いま幕府を一手に支えている大内氏の強大な軍事力を絶対視していた。大内軍がある限り都は安泰と楽観していたので、大内義興が援兵を請うたことに驚いたのである。

辰敬も意外に思った。

三好之長が如意ヶ岳で一戦も交えずに逃げ出した体たらくを思うとどうにも信じ難いのだが、どうやら澄元派の勢いは本物らしい。

澄元勢ばかりに気を取られていると、連携する近江の足利義澄が背後から突いて来るは必定。さしもの大内義興も在京軍だけでは前後の敵には対応しきれないのであろうかと不安になって来た。

辰敬は現政権を支持している訳ではない。どちらが天下を取ろうとどうでもよかった。漸く世の中が治まったと思ったのにまた戦いになるのが嫌だったのだ。都が戦場と化す光景は想像したくなかったのだ。

数日後、石見の諸将と共に尼子経久も数百の兵を率いて上洛するとの報せがもたらされた。

「わぬしはどないするんや」

 上目遣いにじろりと辰敬を窺う鷲尾の目はいい加減にこの邸から出て行ったらどうだと言わんばかりだった。即ちそれは戦に加わる事を意味していた。尼子殿が自ら兵を率いて出陣するのであるから当然辰敬も参陣すべきではないのかと言っているのだ。それは辰敬にとって初陣を意味する

初陣。

その言葉がずしりと軋んで辰敬の胸に居座った。息苦しいほどに重い言葉だった。覚悟はしていた。武士の子ならいつかはこの日が来る事を。もうすぐ十七歳になる辰敬にとっては遅いぐらいだ。

出雲にいたら尼子武士の子としてその日に向かって生きているようなものだが、都にいるとつい忘れてしまう言葉だった。

御屋形様が健在ならば家中も辰敬について口を挟む事はできなかった。しかし、御屋形様亡き今や京極家にとって辰敬はただの他所者である。尼子の禄を食むのだから。ましてや悉皆入道の子ならば当然参陣するのだろう。いやそうすべきであろうと、鷲尾同様に辰敬を厄介払いしたい家中は皆辰敬自ら初陣を望んで出て行く事を期待していた。

意地悪な視線であった。

家中が尼子方の加勢する現将軍が負ける事を望んでいるのは明らかだった。辰敬が初陣で死んでも同情する者など一人もいないだろう。残酷な運命の物語を望む、それが若者であればあるほど喜ぶ野次馬の冷酷な視線だった。

辰敬にとって一番暑い夏だった。

熱暑で煮えたぎる頭の中を初陣という言葉だけが嵐のように駆け巡っていた。言葉では判るのだが自分が鎧兜で身を固め戦場を疾駆する姿がどうにも浮かばなかった。

辰敬は家中の屈折した期待と初陣の不安に耐えながら、やがて来るであろうの日の前に立っていた。その日は確実にやって来ると己に言い聞かせて。

 

                   第四章 初陣(4)

 その瞬間、訳もなくどきっとした辰敬は咄嗟に姿を隠していた。なぜ、そんな行動を取ったのかは自分でも分からなかった。身体がそう反応したとしか説明のしようがなかった。多聞を邸で見るのはいつ以来だろう。思い出せないくらい久し振りだが、懐かしさより先に気になることがあった。多聞は門へ向かっていたのである。こんなに早く退出するなんて一体何の用があって来たのだろう。

加えて辰敬の目を引いたのは多聞の歩く姿であった。左手を懐に突っ込みぶらりと肩を揺するように歩いていた。まるで都を徘徊する牢人のようだ。辰敬は多聞のこんな姿は見た事がなかった。多聞はどんな寒い日でも決して懐手はしなかった。片懐手でだらしなく歩く男ではない。辰敬は多聞の後を追った。

 多聞は邸を出ると西へ向かった。女のいる家に帰るのだろうか。後を追いながら辰敬は多聞の左手を突っ込んだ懐が妙に大きく膨らんでいたのを思い出していた。

 多聞は風早町へは戻らなかった。途中から南に下り、都の外れまで来るとさらに西へ向かい、東寺の近くの小さな土倉の暖簾を潜ったのである。辰敬はまるで自分が悪い事をしているかのように道端の小屋陰に身を隠した。

多聞が出て来た。懐の膨らみは消えていた。懐に隠していた物を銭に換えたことは明らかだった。京極邸から持ち出した物を土倉に持ち込んだのだ。

 辰敬は信じたくなかった。いま見た事が幻であって欲しかったが、前を行くずんぐりした岩のような後ろ姿はまごうことなき多聞であった。その背中がこれまで見た事もないくらいしぼんで見えた。辰敬までもしおれたように動けなかった。多聞の姿が視界から消えてからようやく足が動いた。

 辰敬は重い足取りで風早町まで引き返して来ると、ためらいながらもそっと町屋の間の路地に入った。と、奥から激しく怒鳴り合う声がして女の悲鳴が上がった。

 何事かと掛け込むとあばら家の前で十人ほどの侍が多聞を取り囲んでいた。京極家中の者達だった。鷲尾が頭巾を被った女を人質に取り刃を突き付けている。まともに向かったのでは多聞に太刀打ちできないので、女を人質にとって多聞を取り抑えようとしているのだ。多聞の盗みがばれたようだ。

 と、喉元の刃も厭わず、女が鷲尾を突き飛ばし身を翻した。慌てた鷲尾が女を引き戻そうとした時、多聞がその間に飛び込み、たちまち乱闘となった。

女は必死の形相で路地へ逃げて来た。頭巾は剥ぎ取られ、まるで童女のような髪を振り乱し、腿も露わに走って来る姿は異様で、鬼気迫るものがあった。女は辰敬の横を駆け抜けると小路へ飛び出した。辰敬は女を追った。

「こっちじゃ」

女の袖を掴むと小路を駆け抜け、近くの寺へ逃げ込んだ。昨秋来、多聞と二度ほど会った場所である。

二人は境内の奥の苔むした石塔の陰に倒れるように転がり込むと息を潜めた。叫喚から離れた静けさの中で辰敬の背に熱い息だけが(ふいご)のように打ち寄せていた。蹲っていたが追手の気配はなかった辰敬はそっと女を振り返った。そう怯えた顔があった。

「あんな奴ら、束になっても多聞さんにはかなわんけん」

 安心させてやろうと思ったのだが、齢にそぐわぬ童女のような頭がいやでも目に障る。やはり尼であることを隠していたのだ。尼で剃髪するのは禅寺に限られている。多くの尼は尼削ぎと言い、肩の辺りで髪を切り揃えるのが普通である。生え揃わぬ短い髪を見るに、女は禅寺の尼だったに違いない。女が無性に汚らわしく見えた。短いばさばさの髪は勿論の事、化粧気のない疲れの滲んだ顔も。

「なして多聞さんは盗みなんかしちょったんじゃ」

 咎めるような口調になっていた。

「わらわも知らんかった……」

 項垂れると消え入りそうな声で、

「申し訳ない事じゃ……路銀を工面しておられたのじゃろう」

「路銀」

 辰敬は思わず素っ頓狂な声を上げた。

「旅に出るのか」

 女は面を伏せたまま頷き、

「髪が伸びたらと約束を……」

 油っ気のない短髪の頭を恥ずかしそうにすくめた。

「多聞さんと一緒にか。どこへ、なして旅を」

 女はうっと声を漏らすと堰を切ったように泣き出した。大きな声に自分でも驚いたのか、慌てて袂を口に押し当てたが、嗚咽はとめどもなく続き、涙もぼろぼろとこぼれ続けた。 いつになったら泣きやむのか、辰敬が震える肩を呆れたように見ていると、ぽつりと声が漏れた。

「伊豆へ……」

 振り絞るような声を上げた。

「わらわの子が生きておったのや」

女は身を投げ出すように地べたに突っ伏した。辰敬は凝然と女を見詰めていた。尼さんに子供がいたとは。

 ようやく泣きやんだ女が涙ながらに語るには、生国は駿河で本名はすえ。甲斐との国境に接する貧しい山里の百姓の娘だった。

 一帯を知行する領主は先祖が鎌倉以来の御家人の家柄で、駿河の守護大名今川氏の被官であった。すえはその館に端女として奉公に上がったが、水浴びをしているところを猟色に狂った主の目にとまり、その場で犯されてしまった。正室との間に子がなく、側女が産んだ子達も皆虚弱で早世していたので、後継ぎを熱望する主は女と見れば見境なく手をつけていたのだ。

土臭い百姓娘は丸々と太った男児を産んだ。主は狂喜乱舞した。すえは主の宿願を叶える大手柄を挙げたのだが、褒美に小袖を一枚貰っただけで子は取り上げられてしまった。

正室の子として育てられる事になり、主家代々の幼名である松王丸と名付けられたが、正室は悋気が強く異常に嫉妬深い性質だった。子を奪っただけでは飽き足らず、すえを殺そうとしたのである。

 間一髪、刺客に気づいたすえは刃を浴びながらも、必死に山へ逃げ込んだ。その時の傷は背に残り、今も痛む。普通の娘なら死んでいたが、山育ちの生命力がすえを救った。

 谷に落ち気を失って倒れている所を、旅の比丘尼に救われたのである。旅の比丘尼と言えば尼姿で春をひさぐ女である。すえも生きて行くためには身を売るしかなかった。恩義のある比丘尼とともに三年ほど諸国を旅をしたが、片時も我が子を忘れた事はなかった。

我が子の存在がすえを支えたと言ってよい。だが、身を売りながらの旅は余りにも辛く、耐え切れなくなったすえは、都へ上った時に尼寺へ逃げ込んだ。

正真正銘本物の尼になったのである。すえは御仏に仕えながらひたすら我が子の為に祈り続けたが、それから四年近くたった去年の春、駿河の主家が滅んだ事を知った。甲斐の守護大名武田氏の侵攻を受け、一族皆殺しにあったのだ。館に押し込められ、女子供に至るまで、一人残らず焼き殺されたと言う報せだった。すえは半狂乱となり、自らも井戸に身を投げようとしたほどであった。

ところが、それから暫くして、風の噂に松王丸が生きていると知らされた。館が包囲される寸前に、松王丸を救い出した奉公人の老夫婦がいた。老夫婦は夫の故郷の伊豆の僻村へ戻ると、そこで漁師をしながら松王丸を大切に育てていると言うものであった。すえはその噂を聞いた途端、矢も盾もたまらず会いたくなった。

松王丸は七歳になっている。やっと我が子を取り戻す事が出来るのだ。夢にまで見た、親子二人の暮らしが出来る。どんなに貧しくても、どんなに辛くても、我が子と二人なら何の苦労であろうか。どんなに大きくなったことか。我が子に会いたい一心で、すえは尼寺を飛び出したのだが、都を脱け出す事すら出来なかった。

 あの恐ろしい野っ原でならず者に襲われたのだ。真夜中に都の人間なら絶対に通らない場所だが、すえは正常な判断を失っていた。が、御仏に仕えた功徳が残っていた。偶然、通りかかった多聞に救われたのであった。

「桜井様は事情を知ると、わらわを伊豆まで送ってやると約束して下さったのじゃ。わらわの髪が伸びた頃に旅立てるようにと。それまでに支度を整えてやろうと仰せになったのじゃ」

 そこまで語ると、すえはその目をひたと辰敬に当てた。辰敬の心の内はお見通しですよと言わんばかりに。

(桜井様はふしだらな御方ではありませんよ)

 辰敬は目を逸らすと多聞を恨んだ。

(多聞さんはいつもこうだ。一言言ってくれればいいのに。我を子供と思っていたのか)

 すえには辰敬は大人になる子に見えていた。

「……一つ屋根の下で暮らしていたけれど、桜井様と言う御方はですね……指一本」

 咳ばらいがした。振り返ると仏頂面の多聞が立っていた。

「あっ、桜井様」

 すえは思わず多聞の胸に飛び込むようにしがみついた。

「よくぞ、御無事で」

「むむ……」

 涙のすえを持て余す多聞を、辰敬は背伸びした目で眺めていた。視線に気づいたすえが慌てて離れた。仏頂面がほっとしたように一呼吸すると、

「さて、これからじゃが、伊豆へ行こう」

「えっ」

 すえが声を上げた。

 辰敬も吃驚して、思わず問うた。

「路銀は。旅の支度は」

 多聞は首を振った。

「路銀は少し貯めた。支度も少しずつ整えていたが、みな、置いて来た。今頃は奴らに根こそぎ奪われておるじゃろう」

 ちゃりんと袂を鳴らした。

「じゃが、今朝、作った銭がある」

「とても足りんじゃろ」

 関銭だけでも馬鹿にならない。一人一文としても、二人で二文だが、関所はいたる所にあった。公方を筆頭に守護や守護代などの武士、朝廷、公家、寺社を問わず、その領地に関所を作り、通過する者から容赦なく関銭を取り立てた。伊豆まで一体関所だけでも幾つある事だろう。百ではきくまい。二百はあるかもしれない。関銭だけでも四百文だ。野宿ばかりする訳にはゆくまい。宿賃がいる。煮炊きする薪代もいれば、米を買う金もいる。

「なあに、何とかなる。商人の用心棒でもすればよい」

 と安心させるように腰の刀をぽんと叩いた。

 かくなる上は一肌脱がねばならぬ。辰敬はそう思った。

「多聞さん、ちょっと待っちょってくれ。我のところには少しじゃが米がある。上洛した時の旅支度もそのまま置いてある。すぐに持って来るけん」

 辰敬は京極邸の長屋に取って返した。鷲尾達は傷の手当てで大騒ぎしていたので見咎められる事はなかった。

 行李に米や味噌などありったけを詰め込んで引き返して来た。

「わぬしが困るじゃろ」

「次郎松が貸してくれるけん」

 にっと笑みを浮かべると、

「少ないけど」

 六十文ほど入った銭袋を差し出した。

 多聞は目を丸くした。

「何じゃ、これは」

「次郎松がくれた多胡博打の御守代じゃ」

「多胡博打」

 怪訝な顔をする多聞に、辰敬は多胡博打の一件を打ち明けた。

「律儀な奴じゃのう」

 多聞が声を上げて笑った。つられてすえも笑い、辰敬も笑った。

「その御守、儂も欲しいくらいじゃ」

「賭け事はいけません」

 すえが大真面目な顔でたしなめた。

「冗談じゃ」

 早速、多聞は行李を背負い、すえと共に寺を出た。見送りに辰敬もついて行った。多聞は途中ですえに市女笠を買った。

 東海道を下るには粟田口から日の岡の峠を越える。寺を出て、三条大橋を渡り、京の七口の一つ粟田口の関まではかなり歩くが、辰敬にはあっという間だった。それが二人を送って来た辰敬の実感であった。

 出る人、来る人の雑踏の中で、多聞は立ち止まると、辰敬に向き直った。じっと黙って見詰める目は、出会ってから今日までの辰敬の成長を確かめているかのようであった。

「世話になったな」

 大人と認めた声だった。

「達者でな」

 頷いて(多聞さんも)と言葉を返そうとした時、多聞はくるりと背を向け、関所の茅葺き屋根の門に向かっていた。

 すえが両手を胸前で合わせ、

「だんだん」

 にっこりと頭を下げた。辰敬の顔にも笑みが浮かんだ。出雲の言葉で礼を言ってくれたのは、最大限の感謝の気持ちを伝えたかったに違いない。

 街道を遠ざかって行く二人を、辰敬はいつまでも見送ったが、突然の別れをまだ現実のものとして受け入れる事が出来た訳ではなかった。まさか多聞ともこんな別れになってしまうとは。二人の後ろ姿が豆粒のようになった時、別れの寂しさがじんわりと込み上げて来た。どうして大好きな人たちばかり去って行くのだろう。まるで辰敬を置いてけぼりにするかのように。多聞は戻って来るのだろうか。また会う事が出来るのだろうか。一寸先は分からない世の中だった。神のみぞ知る。いや、神さえも見通す事が出来ない世ではないのか。今辰敬に出来る事と言えば、二人の道中の無事を祈るしかなかった。救いは春がそこまで来ている事だった。

辰敬は引き返した。三条大橋に向かってとぼとぼと歩いていると、目は自ずと街道の右手、鴨東の北に広がる野に引きずられていた。

目の端に東山連峰が南北に横たわり、そのなだらかな峰の北にはこれまた見慣れた比叡の山稜が盛り上がっている。緑を増した麦畑と荒れ地が入り混じって広がる平地には、森や林、寺社や集落が浮島のように点在している。

辰敬は自分の目が捜しているものに気がついていた。あの日以来、鴨川を越えることはなかったが、こうして鴨東に足を踏み入れると、否応もなく思い出させられる。深夜の京極邸で石童丸と出食わした時の事を。石童丸は土倉に嫁いだいちが、鴨東の寮に暮らしていると教えた。銀閣寺へ行く途中にあると言った言葉を思い出しながら、辰敬は東山の麓から西へゆっくりと視線を戻した。

遠くのあの屋敷森だろうか、それとも百姓家の向こうの竹林の揺れる屋敷だろうか、それらしい住まいを捜していた。が、立ち止まった足を叱るものがあった。もう一人の自分の声であった。

(未練だぞ。忘れたのではないか)

 声は未練の目をも叱った。

(多聞さんに叱られた事を忘れたのか)

 辰敬は我に返り、今頃は日の岡の峠を登っているであろう多聞に思いを馳せた。

(多聞さんが我を叱った事に間違いはない。御奉公専一を考え、我を思っての事だったのだ……)

 と、己に言い聞かせながらも、その多聞への疑念が湧き上がって来るのであった。

(……多聞さんはどうしてあそこまで尽くすのだろう)

 それは喉に刺さった魚の小骨のように引っかかっていた謎であった。すえを好きになったのなら判る。辰敬が見るに多聞が好意を抱いているのは確かだ。好きな女の為なら当然だと思うのだが、多聞はすえに指一本触れていないと言う。何ヶ月も女と暮らしていながら、指一本触れないのは男として普通ではないことぐらい辰敬の齢になれば判る。もし辰敬がいちと一緒にそんな状況に置かれたら、一日たりとも我慢できなかったであろう。

(触りたいし、抱き締めずにはいられないし……ああ、いけない。またつまらない妄想をしてしまった)

 多聞に思いを戻した。

 すえの身に同情したからかと思ったが、ただの同情からとはとても思えなかった。では、すえが尼だったからだろうか。多聞は尼僧に手を出すような男ではない。だが、すえは尼寺を抜け出したのであり、多聞と暮らし始めてから髪も伸ばしたではないか。もしかして多聞は女嫌いなのだろうかとも思ったが、それにはいかにも無理がある。結局、やっぱり多聞はすえが好きなのだ。好きだからこそ旅を共にするのだと言う結論に納まる。そして、堂々巡りの果てに初めの疑問に戻るのであった。

 好きならどうして指一本触れないのだろう。いやいや、そもそも多聞は好きとも、愛しているとも言わない。そういう男だ。出会ってから、今日までの多聞を改めたて思い出して見た。多聞の人となりを、本当の多聞を知るために。三条大橋が見える所まで来た時、ようやく結論らしいものに辿り着いた。

(多聞さんは好きだったからこそ指を触れようともしなかったのではないだろうか)

 何だか胸に落ちたような気がした。本当に好きな人だったら指も触れられない。多聞ならありそうな事だ。いや、不器用で、口が重く、武辺一点張りの多聞なればこそではないか。 指も触れない、好きとも言えない。それこそが好意を示すことであり、あの人を大切にしていることではなかったのか。

(多聞さんらしい)

 大好きな多聞がそこにいた。いかにも素朴な出雲の田舎武士ではないか。辰敬にはとても男らしく立派なことに思えた。

 翻って我が身を省みてどうだろう。好きとも言えず、手を握る事も出来なかったところは、多聞に似ていた。だが、その後が違い過ぎる。確かに辰敬はいちを失ったが、もし多聞が同じ立場なら、今の辰敬のように未練を残し続けたであろうか。無理矢理忘れようとして、結局、忘れられず、未練たらしく悶々としたであろうか。否、多聞はそんな男ではないはずだ。

 多聞ならどうしたであろうか。岩のような多聞の姿が浮かんだ。秘めた意志がそのまま岩と化したような顔。なにものにも揺るがぬ不動の岩と化した体躯。その時、辰敬は思った。多聞は岩のように動かず、変わらず、その固い身の内に大切なものを守り続けるのではないのだろうか。

 辰敬はいちを忘れようとしていたが、多聞は逆に大切な人を決して忘れたりはしないのではないか。多聞ならその思いを抱き続けるに違いない。決して表には出さず、死ぬまで己一人の内に守り続けるだろう。そうだ。男なら、そう言う愛し方もあるのだ。いや、それこそが一番男らしいのかもしれない。

 そこまでが今の辰敬が到達した地平だった。

 辰敬は思った。いちを忘れてはいけないのだ。たとえいちが人の妻となり、手の届かない所へ行ってしまったとしても、いちが本当に好きで、いちを本当に大切に思っているのならば、忘れてはいけないのだ。何年経とうとも、どんなに遠くにいても、自分の運命がどう変わろうとも、心の奥底にかけがえのない人として大切に守り続けるのだ。

 たとえその気持が伝わらなくてもよい。

 歳月が経ちいちがどんな女になったとしてもいい。辰敬は変わらず、思い続けるのだ。それが本当に好きになった人への誠ではないか。

(多聞さん、そうじゃろ)

 辰敬はきっと唇を真一文字に結び、三条大橋の真ん中をまっすぐ進んだ。

第四章 初陣(3

 

 どこをどう歩いたかも忘れていた。

 頭にあるのはただただ後悔だった。

 後悔の果てに、敗残兵のように逃げる自分が惨めに思えてならなかった。いちはもっと哀れでならなかった。何よりも男が憎くてならなかった。殺してやりたいほど。様々な思いは身を持て余すほど煮えたぎり、そして、また後悔に戻る。

(なぜ、行ったのか)と。

 昼過ぎ、長屋に倒れ伏していると、鷲尾が険しい顔で乗り込んで来た。

使いの報告に来ない事を激しく罵った。

「やかましい」

 思わず怒鳴り返していた。

「我は疲れとるんじゃ。そんなに気になるなら、わぬしが行け」

 余りの剣幕に鷲尾は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたが、ぶつぶつ文句を言いながら引き返した。

 日が落ちても起きる気にならなかった。

 食欲もなかった。朝飯も食わずに使いに出たから、昨夜から何も食べていない。腹は空っぽのはずだが、きりきりと刺すような痛みが胃袋を苦しめ、水の一滴も入らなかった。

 とても夜の当番を勤める状態ではなかった。

 熱が出たと嘘をついて休んだ。それまでの連夜の勤めぶりを知っているので、誰も怪しまなかった。初めてのずる休みだった。ところが、一日休んだだけで、辰敬の中に張り詰めていたものが、ぷつんと切れてしまった。

次の日も、またその次の日も、辰敬は衾を引っ被り、海老のように丸まっていた。仮病がばれても、辰敬を叱る資格がある者などいやしないのだからと居直っていた。

 そんなある日、日が暮れて間もない頃、ほとほとと戸を叩く音がして、そっと呼び掛ける声がした。

「辰敬はん、わしや。次郎松や」

名乗らなくても判るのだが、いつにない猫撫で声が耳に障った。次郎松は雑色のくせに、年上ということもあって、十一歳で上洛した辰敬を田舎者と見下していた。近頃はさすがに昔のような無礼な態度は慎むようになったが、それでもこんな気色の悪い声は出さなかった。入って来ると、いかにも心配そうに衾の下の辰敬の顔を覗き込み、

「具合はどないや。飯、食うとらへんやろ。あかんで、食べな。ほれ」

 と椀を差し出した。稗混じりの薄い粥がほんわかと湯気を上げている。

「わしらが食うものやから、口には合わんやろうけど、食べたってえな」

 朝から何も食べていないので、思わず喉が鳴ったが、次郎松の親切がどうにも薄気味悪くてならない。手を出しかねていたが、結局空腹に負け、もぞもぞと衾から抜け出すと、

「だんだん……」

 椀を受け取り、粥を啜った。粗末な薄い粥だが、温かいだけでも救いだった。空の椀を返すと、次郎松は満足げににっこりと頷いた。

「やっぱり元気になって貰わんとなあ」

 辰敬は怪訝な顔で見返した。

 すると、次郎松は改まって神妙な顔を作ると、

「実はな、辰敬はんを拝まして貰いたいのや」

 と、また奇妙な事を言い、両手を合わせて拝む振りをする。

「何の真似じゃ。我は神様じゃないぞ」

 次郎松はにたっと笑った。

「いや、神様じゃ。聞いたで。博打の神様の子孫というやないか」

 思わずあっと声を上げそうになった。

「辰敬はんの御先祖には多胡重俊と言う博打の名人がおったそうやないか。ありとあらゆる賭け事に秀で、負け知らず、多胡博打と持て囃され、神様のように崇められ、皆、こぞってその絵姿を掛け軸にして飾ったと言うやないか。辰敬はんも知っとるやろ」

 辰敬は肯定も否定もしなかった。

「博打を打つ者はこぞってその絵姿を祀って拝んだと言うが、わしは見た事がないのや」

 そこで、次郎松はまたにたりと笑った。

「せやけど、わしにはそんな絵姿なんかいらへん。多胡博打の血を引く辰敬はんがおるのやから。聞けば、多胡重俊の子も、その孫も代々博打の名人やったと言うやないか。辰敬はんも将棋の天才と聞いとる。我殿にも多胡博打の血が流れておるんや。わしから見たら、生き神様や。こんな近くに生き神様がおったとは。な、せやから拝まして欲しいと言う訳なのや」

 たちまち辰敬は不機嫌になった。何か魂胆があると思っていたら、事もあろうに博打の話とは。その上、一番知られたくなくて、隠していた事を、よりによって次郎松に知られてしまったとは。

「わし、これから一勝負しに行くのや。儲けたら、礼をさせて貰うよって、多胡博打の御加護を願い奉る」

 真顔で今にも手を合わせて拝みそうになったので、思わず辰敬は怒鳴った。

「やめろ、出て行け」

 次郎松は怪訝な顔をした。

「なんでや」

「なんでもくそもない。嫌なものは嫌じゃ」

「ちょっと拝むだけやないか」

「うるさい。出て行けとゆうとるじゃろ。もう二度と来るな」

「そないな殺生な。わしかて命の次に大切な銭を張って勝負するんじゃ。助けてえな。頼む、この通りや。拝ましてえな。多胡博打の御加護があったら勝てそうな気がするんや。いや、絶対に勝てるんや」

 次郎松はすがりつかんばかりに哀願した。

「黙れ。我の前で二度とその話をするな。多胡家では賭け事は御法度なんじゃ」

 睨み返すと次郎松は恨めしげな目をした。

 漸く諦めたと見え、しぶしぶ出て行こうとしたが、戸口でちらりと振り返り、ぼそっと呟いた。

「遠くからでも拝まして貰うわ」

 まったくふてぶてしい奴である。辰敬は憤然と背を向けると、ごろりと横になって衾を引っ被った。すると、表でぱんぱんと手を打つ音がするではないか。次郎松は本当に拝んでいるのだ。

(何と腹の立つ奴だろう。ろくでなしめ。ぼろ負けするがいい)

 辰敬は毒づいた。腸が煮え繰り返る。

 翌朝早く、勢いよく戸が開くと次郎松が飛び込んで来るや、

「勝ったで」

 と、辰敬の寝ぼけ眼に満面の笑みを突き出した。目も口も頬も今にも崩れ落ちそうだ。

「流石は多胡博打の御加護や。まっこと霊験あらかたや。たいしたもんやで。辰敬はんに見せたかったで。わし、勝ちまくりや。こんな事生まれて初めてやった。ほんまおおきにな。おおきにおおきに」

 と、差し出した手には穴開き銭が三個乗っていた。

「少ないけどな。お礼や」

 勝った勝ったと吹聴する割には端金(はしたがね)である。口ほどには儲けていないのだろう。早起きは三文の得と言うが、僅か三文で叩き起こされたかと思うと無性に腹が立った。しかも汚らわしい銭である。

「いらん」

「そない言わんと。貰ってえな。わしの気持ちや」

 押しつけようとするので、

「いらんと言うたら、いらんのじゃ」

 振り払うと三個の穴開き銭は土間に飛び散った。

「あれ、何すんねん」

 次郎松は慌てて穴開き銭を拾った。

三つ目はなかなか見つからず、土間に這いつくばって捜し回り、ようやく掘立柱の根元に入り込んでいるのを見つけると、指先を真っ黒にして取り出した。引き返してくると、改めて三個の穴開き銭が載った掌を差し出した。

「銭は大切にせなあかん」

 まるで人が変わったように大真面目な顔であった。

「穴開き銭たった三個やからと言うて、捨てたらあかん。ええか、銭にも命があるんや。捨てたら、そこで銭は死んでしまうんや」

 次郎松は噛んで含めるように話し続けた。

「初めは僅か三文やけどな、人から人へ渡って行くうちに、三文は四文になり、五文になり増えて行くんや。そうやろ、考えてみ。三文で仕入れた物を四文で売ったら、一文の儲けや。これが、銭が生きとると言うことや。人から人へ百人の間を渡って行ってみなはれ。一体なんぼになると思うのや。百文や二百文ではきかん。五百文にも千文にもなるんやで。せやから三文でも大切にせなあかんのや」

 妙に説得力があった。辰敬とは無縁の一文二文の世界に生きる庶民の生活に根差した言葉だった。心のどこかで無学な雑色と見下すところがあっただけに、辰敬は次郎松を見直す思いだったが、その後がいけない。

「ま、わしが使えば、三文もすぐに六文、六文は十二文、十二文は二十四文と増えるんやけどな」

 すぐにお里が知れる。辰敬がむっと睨むと、次郎松は笑って誤魔化した。

「へへ、偉そうなことを言うたけど、この三文、使ってやってえな。少しやけど、辰敬はんに使って欲しいのや。ほんまに心からそう思っとるんや」

 三文を辰敬の膝の前に置くと、次郎松は逃げるように出て行った。

 それから、賭場に出かける前には昼夜問わず、次郎松は長屋の前で手を打った。そして、意気揚々と帰って来ると、必ず三文から五文ほどの穴開き銭を置いて行くのだった。現れない日もあった。勝ちっ放しという訳には行かないのだろう。その代わり、翌日、手を打つ音に一段と力が籠もる。

 それが、数日続くと辰敬は不安になって来た。 次郎松が長屋に向かって拝んでいるところを他人が見たら何と思うだろう。たちまち出雲にも伝わるだろう。息子が博打の神様代わりに拝まれていると知ったら、大社造営奉行を務める父忠重の怒りがどれほどのものか、想像するのさえ恐ろしくなった。

次郎松が二日ぶりに笑顔を見せた時、

「わぬし、我を拝んでいる事を誰かに言ったか」

 と心配して聞くと、次郎松はぶるぶると首を振った。

「言う訳ないやろ。もし一言でも漏らしたら、皆、辰敬はんを拝みに来るがな。そないな損する事言う訳ないやろ」

「わぬしが拝んどる事、誰も気がついとらんのか」

「わしかて注意してまんがな」

 次郎松はにたりと笑った。

「辰敬はんはわし一人の神様や」

 辰敬はうんざりした。

「これ以上拝むのはやめてくれ」

「なんやて」

 次郎松は顔色を変えた。

「なんでや、」

「わぬしが拝んどる事が出雲に知れてみろ。どうなることか、考えるまでもないじゃろう」

「そりゃ困る。ほな、これからはもっと注意して拝むわ」

「駄目じゃ。もうやめろ」

「そんな殺生な。わしな、博打下手で負けてばっかりやったけど、このところ運気が上向いとるのや。連戦連勝と言う訳に行かんけど、損はしとらん。多胡博打の御加護や。いくらやめろ言われても、やめる訳には行かん。これまでの負けも取り戻したいし。どうしてもと言わはるなら、外で拝むのは遠慮するけど、どこか人目の付かん所で拝ませて貰う」

とても止められそうにない。辰敬はため息をついた。すると、

「ほな、こないしたらどうやろ。こないな事で辰敬はんを悩ませたら、多胡博打の霊験も減ってしまうかも知れん。そうなったらわしも困る。そこでや、辰敬はん、わしにお守り札をくれへんか」

 怪訝な顔すると、

「わしの長屋に貼っておくのや。家の中で拝む分にはかまへんやろ。誰かに見られても家内安全商売繁盛の御札やと言えばええ。な、ええ考えやろ」

「そんな御札なんかある訳ないじゃろ」

「書けばええのや。辰敬はん、書を習うてると聞いとる。辰敬はんが書いたものなら御利益あるはずや」

 さも名案と言わんばかりに、次郎松は鼻の穴を膨らませた。そんな物でいいのなら簡単なことだ。長屋の外でぱんぱんと手を打って拝むのだけはやめて欲しかったので書いてやることにした。

 こんな事に手習いが役に立つとは……。

 墨を磨り終ったところへ、次郎松がどこかから手頃な紙を都合して来た。奉書紙の反古の端を切り取ったようだ。

 その紙に辰敬はさらさらと御守と書いて渡すと、次郎松は不服そうに眺めた。

「これやと何の御守か分からんやないか。もう少し有難味があるようにならんのか。何か、こう、多胡博打のお墨付きと判るように値打ちをつけてえな」

 確かに言われてみればその通りだ。だが、多胡の字を入れる訳には行かない。辰敬は少し思案すると、御守と書いた下に、絵とも文字ともつかぬ紋様のようなものを書き殴った。

「何や」

「多胡家の花押や」

 武士や公家が署名に使う文字である。判とも書判(かきはん)とも言う。自分の名を崩して作る、判子代わりの紋様に近い独特の文字である。

「へえ、これが多胡家の花押か」

 次郎松は感心したように覗き込んだ。

「代々多胡家ではその名に因み、蛸の絵に自分の名を重ねて花押を作るのじゃ」

 大真面目な顔で、よくもそんな出鱈目がすらすらと口を突いて出るものだと、辰敬は我ながら呆れた。辰敬は忠重の花押を見た事があったが、似ても似つかぬ形であった。

「ほ、ほう……なるほど、そう言われてみると、この花押の上の円い線が蛸の頭で、八本の足が辰敬はんの辰の字を表しておるのやな」

 次郎松はすっかり信じ込んだ。やり過ぎかと思ったが、筆が滑ってしまったものは仕方がない。次郎松が本物の多胡家の花押を見る事などないだろうからばれることはないだろう。次郎松は嬉しそうに御守を押し頂いて出て行った。御守の威力があろうがなかろうが知った事ではない。もうこれであのぱんぱんという音に悩まされることはない。辰敬は次郎松から解放された事でほっと安堵の胸を撫で下ろしたのであったが、数日後、思いがけない事件が勃発した。

朝帰りの次郎松が待ち構えていた鷲尾達に取り押さえられたのである。時ならぬ騒ぎに何事かと辰敬も跳ね起きた。様子を見に行くと、次郎松は侍部屋の前の庭で数人の侍達に責められていた。

「儂やない。ほんまに知らん。何かの間違いや。儂はそんなことせえへん」

 必死に訴える次郎松を鷲尾が蹴り上げた。

「黙れ。貴様が金回りのええことは、皆、知っとるのや。貴様しかおらへん」

 近頃、また邸内の物品が盗まれている。高価な品々を蔵にしまってからは、収まっていたのだが、この所、気がつくとまたぞろ何かしら無くなっている。値の張る物ではないが、鷲尾達は次郎松を疑っていた。

「なんや、この銭は」

 銭の入った袋をどさっと投げつけた。百文はありそうだった。物陰から窺っていた辰敬は目を見張った。御守の威力はなかなかのようだ。

「あ、あの、それは……博打や。博打で稼いだんや」

 辰敬はどきっとした。

「阿呆、そないな下手な言い訳が通ると思っておるのか」

「ほんまに勝ったんや。儂、このところついとるんや」

「貴様、おちょくってるんか」

 鷲尾が怒声を上げた。

「儂らをなめるなよ」

 材宗の自死以来の積り積もった鬱積を吐き出すかのように、鷲尾達は次郎松を足蹴にした。

「ほんまや……信じてえな……ほんまについとるのや……博打の神様がついとるんや……」

 いつ多胡博打を口走らぬか、辰敬ははらはらしながら見守っていた。

「ええ加減にさらせ。博打するには元手がいるやろ。どないして種銭を作ったのや。邸の物を盗んだに決まっておる」

 とうとう次郎松は気絶し、厩の牢に放り込まれてしまった。当時、武家屋敷で牢が必要になった時は厩を利用する事が多かった。

 暗くなってから、辰敬は粥を厩に運んだ。 馬も減って、がらんとした厩の入り口近くの馬房に次郎松は閉じ込められていた。

「次郎松」

 そっと声を掛けると、黒い塊がもぞもぞと起き上った。

「辰敬はん……」

 格子の間から椀を手渡すと、

「おおきに、おおきに……」

 次郎松は粥を一気にすすると、牢格子にすがりついて嘆いた。

「濡れ衣や。御恩を忘れず、御奉公を続けておるのに信じてくれへん。せやけど、辰敬はん。儂、御守のことは言わんよってな、安心してや。多胡博打の事も口が裂けても言わんへんで……」

 暗くて表情は分からないが、その声はとても自信なさそうに辰敬には聞こえた。

 その夜から、辰敬は夜回りに復帰した。門番も詰め所の奉公人達も相変わらずたるんでいた。次郎松が捕まったので一層気が緩んだようだ。何事もない静かな夜であった。

翌日の午前中、辰敬はどうにも眠れなくて起き上った。昼にはまだ時間があった。次郎松の言葉が気になって目が合わなかったのである。お調子者で口の軽い次郎松が辰敬との一件を口外しないと強調すればするほど不安が募る。辰敬は次郎松の様子を探りに厩へ向かったが、途中、思いがけない顔を見つけ、足が止まった。

 常御殿の方から多聞が現れたのだ。

第四章 初陣(2)
 

 年が明けて、ようやく出雲から文が届いた。

 大社造営奉行を拝命したので辰敬も心して勤めよと認めてあったが、文面からだけでは一体誰に対して勤めるのかさっぱり判らなかった。亡き御屋形様にか、京極家にか、尼子家に対してなのか。

 出雲にも戻れるように取り計う。そう遠くはないと思うのでしばし待てとの事だったが、造営奉行になった父はそれどころではないのではないかと辰敬は当てにしない事にした。と言うか、出雲に戻りたいのかどうか、自分でもよく分からなかった。京極邸にいるのは辛いが、都と別れたいのかと問われると正直別れたくはなかった。

 最後に嬉しい報せがあった。いや、正確には吃驚仰天したと言うべきか。

 姉の袈裟の縁談が決まったのだが、相手はなんと尼子孫四郎だったのである。

 民部様の次男である。昔、富田の守護所の近くで、新宮党の少年達に袋叩きに遭った時、止めに入った少年である。

 よりによって大好きな姉が尼子家に嫁ぐ事になろうとは。運命の皮肉に辰敬は複雑な心境であった。だが、姉のためには素直に喜んでいいと思った。男らしく大人っぽい少年だった孫四郎は、きっと凛々しい若武者になっている事だろう。民部様は好きになれないがあの孫四郎なら異存はない。袈裟の良き夫になる事は間違いない。辰敬にとっても、良き義兄となることであろう。

 まだ公表されていないので他言はならず、重々心得ておくようにと念押ししてあった。

 途端に辰敬は気が重くなった。

 この縁組が公けになった時の周囲の反応を想像したのだ。造営奉行拝命に続き、尼子家の縁に連なる栄誉を周囲はどう思うか。出雲でさえ羨望の眼差しを浴び、すり寄る者あらば、激しく嫉妬の炎を燃やす者もいるだろう。ましてや、この京極邸においてはをや。

 辰敬は読み終えた文を燃やした。

 

 この文が来ても来なくても辰敬は自分なりの御奉公をしようと決意していた。家中の誰とも顔を合わせたくなかったので、今後は夜の警固に専念し、昼間の出仕は一切しないと宣言した。文句は返って来なかった。それどころか辰敬が毎夜勤めるのをいいことに当番を怠ける者が出る始末だった。

 辰敬が詰め所や門番所に立ち寄っても高鼾で眠り込んでいる者もいた。士気の衰えは目も当てられなかった。律儀に巡回しているのは辰敬一人だけである。

 だが、暗い静かな邸内を見回っていると、どこからともなく吉童子丸の喚声が聞こえて来た。蹴鞠の弾む音も聞こえて来た。濡れ縁に立つ御屋形様の笑みも幻のように浮かんで来た。懐かしい思い出が次々と甦り、夜の独りの見回りこそ、亡き御屋形様への御奉公にふさわしいと思えた。

月のない、墨を流したような真っ暗な夜だった。京極邸の長い塀に沿ってぐるりと回り、常御殿の裏手に差し掛かった。いつもの決まった巡回路だが、足を拾うように歩いていると、風に乗って遠く西の方から人の騒ぐ声が聞こえて来た。

 辰敬は耳を澄ました。火事なら、風下だから、すぐに皆を起こさなければならない。だが、騒ぎはこちらに向かって来るかに見えたが、途中で向きを変え、次第に遠ざかって行った。火事ではなかったようだ。盗人か追剥が追われているのかも知れぬ。安堵した途端、大きな欠伸が出た。さすがに眠い。夜回りに専念し始めた頃は気持も張り詰めていたが、若い身にも連夜の疲れが積り重なる頃だったのであろう。

 まだ夜は長い。しんしんと冷えて来る。辰敬は思わず胸前を掻き合わせた。身を縮めると震えながら、俯くように歩き出した。

その途端、常御殿の塀を曲がったところで、どすんと辰敬は人にぶつかった。思わずわっと声を上げた。相手も驚いたようだったが、次の動きは素早かった。黒い人影はさっと態勢を立て直すと、右手を突き出し、辰敬の口を抑えた。その勢いでのしかかるように辰敬を仰向けに押し倒すと、素早く背後に回り、左の腕を首に回した。

 辰敬は倒れたまま片手で口を塞がれ、もう片方で万力のように首を締められていた。 両足が背後から腰に絡みつき身動き一つ出来なかった。騒がれないように絞め殺そうとしているのだ。明らかに人殺しに長けた者の技だ。辰敬は背筋が凍りついた。喉仏が今にも潰されそうだった。

 辰敬は無我夢中でもがいた。

 何かの弾みで、辰敬の口に男の手の指の一本が入った。何指か分からなかったが、思い切り辰敬は噛みついた。

 うっと呻いて、男が怯んだ。

 辰敬は必死に抜け出すと、起き上るや腰の刀を抜いて斬りつけた。

「だらあっ」

 その声にはっと男が見上げた。

「わぬしは……」

 男は転がって間一髪、辰敬の一撃をかわすと、起き上りざま、地面を斬り付けた辰敬の太刀を蹴飛ばした。

 慌てて辰敬が太刀に飛びつこうとすると、その前にぬっと男が顔を突き出した。

「待て、俺や」

 聞いた事のある声だった。

 目が慣れると、

「わぬしは……」

 石童丸だった。

 確かに鼻がぶつからんばかりのところにあるのは石童丸の顔だったが、辰敬が怪訝な顔をすると、石童丸はにたりと笑った。

「もう河原者やない」

 確かに頭には小さな烏帽子を被り、小袖に短袴の雑色のようななりをしている。

 夢にも忘れた事のない、あの禍々しい河原者の姿はどこを探しても見つからない。変わらないのは闇の中でも光っている鋭い眼光だけだった。

「驚いたようやな」

 にやりとその目が笑った。

 河原者をやめたと言うが、そう簡単にあの身分から抜け出す事が出来るものなのだろうか。

「今年の祇園会は散々やった……」

 ぽつりと呟いた。

「大内の兵が出張って来よったんや」

 思い出すのも忌まわし気に吐き捨てた。

「さすがに強かった。侍所の侍とは比べものにならん。まるで歯が立たんかった」

 身体が震えていた。

「仰山仲間が殺されてしもうた」

 その声も濡れていた。

 今年の印地で河原者が負けた話は辰敬も耳にしていたが、御屋形様達が出雲に下向して間もない事もあり、石童丸に思いが至る事もなかったのであった。

「俺も命からがら逃げた。今思うと生きとるのが不思議なくらいや。必死に逃げ回りながら思うたんや。河原者はつまらん。もういやや。絶対に河原から抜け出したるとな」

 その目がぎらぎらと光っていた。

 負けまいと辰敬は言い返した。

「それで、盗人になったんか」

「あほう、俺は侍になるんや」

「侍」

「やっぱり侍や。この世は侍のもんや。侍にならんとあかん。侍になって、皆を見返してやるんや。河原者と見下した奴らを見返してやるんや」

 闇さえも焼き尽くす、火を吐くような声だった。

「ところで、ここは誰の邸や」

「京極家や」

「何やて……」

 驚いたように目を丸くした。

「わぬし、京極家中やったとは。因縁やなあ……昔、河原者をいじめた侍所所司の邸やったとは……」

 暗い邸内を見回すと、

「さすがに広いが……幽霊が出そうや。噂には聞いとったが落ちぶれたもんやなあ」

ふんと鼻で嘲った。

 辰敬は敢えて尼子家中とは訂正しなかった。

 その時、西頬が騒がしくなると、石童丸がはっと身を固くした。正門の門番との押し問答が風に乗ってかすかに聞こえて来る。この邸に逃げ込んだ者を目撃した者がいるので改めさせろと要求しているようだ。

「ちっ」

 と石童丸が舌打ちした。

「何をしたんや」

「大内兵を殺したんや」

「えっ」

「仇討ちや。市中見回りの大内兵を見たらどうにも我慢できんようになったんや。一人が立ち小便しよったんで、後ろから丸太ん棒で殴りつけてやったんや」

 表にいるのは大内の追手だった。かなりの人数のようだ。すると、正門の方から辰敬を呼ぶ声がした。

「我を呼んどる」

 はっと二人は顔を見合わせた。

 石童丸は落ちている刀にぱっと飛びつくと、辰敬に突き付けた。

「下手なことを考えるんやないで」

 辰敬は喉元の切っ先を見下ろしながら、必死に言い返した。

「返事せんとかえって怪しまれるぞ」

 石童丸は迷ったがふと刀を下ろし、辰敬の前に顔を突き出した。

「ようし、ほなら、取引や」

辰敬が怪訝な顔をすると、石童丸は探るように問いかけた。

「わぬし、いちが今どこにおるのか知っとるのか」

 思いがけない言葉に自分でも激しく動揺したのが分かった。忘れたつもりでいたのに、その言葉を聞いた途端、木屑に火がついたように心が燃えあがってしまったのだ。

 辰敬は首を振った。

 知っているのは土倉の狒狒爺の嫁になった事だけで、土倉の名も場所も知らなかった。諦めるために敢えて聞こうともしなかったのだが、今更のように未練の強さを思い知らされた。動揺を見透かしたように、石童丸は下卑た声で囁いた。

「ええおなごになっとるでえ……」

 辰敬を呼ぶ声が近づいて来た。

「うまく追い払ったら教えたる。ええな、変な考えは起こすんやないで」

 辰敬は正門まで行くと、異常はなかったことを告げた。大内兵の追手は不服気に引き上げた。

 辰敬が戻って来ると石童丸はにやりと迎えた。

「東山山荘の近くに結構な寮を建ててもろうてなあ、そこで暮らしとるのや」

 将軍義政が建てた銀閣寺へ行く途中の静かな所だと言う。

「偶然に知ったんや。鴨川の印地で負けて、大内兵に追われて逃げる途中、逃げ込んだ別荘の中におったんや。遠くから見ただけや。もちろん向こうも気がついとらん。俺もすぐにそこを出て、近江の坂本まで逃げたんや。後になって調べたら、二条大路の泉覚坊と言う土倉の寮と分かったんや。ま、後は自分で確かめるんやな。ほなら、そろそろ行くわ」

 と、行きかけて、

「この刀、もろておくで。また大内の田舎もんと出食わさんとも限らんよってな」

 落ちていた鞘を拾い、刀を納めると腰にさした。

「ところで、わぬしとは長い因縁やのに、名を聞いとらんやったな。なんちゅう名や」

「多胡辰敬」

「たこ……おもろい名やな。またどこかで会う事もあるかもしれへん。その時は、見とれよ。俺は立派な侍になっておるからな」

 言い捨てると石童丸は肩を揺すって闇の中に消えた。

 

 明け方、警固を交代すると、辰敬は長屋の裏で湯を沸かす。冷や飯に湯をぶっかけると、凍てついた空きっ腹に湯漬けを流し込み、倒れるように寝込む。起きるのは昼過ぎである。 その後、暗くなるまで、辰敬は暇を持て余していた。

 出雲からの文で言われるまでもなく、多胡家の恥にならぬよう勤めなければならないことは判っていた。時間はあるのだから学問をしなければならないことも。武芸にも励まねばならないことも判り過ぎるくらい判っていた。だが、文机に向かう気にもならず、いくら気持を揮いたてても木太刀を握る気も起きなかった。疲れと寝不足のせいではない。石童丸に出食わしてからこの方、ずっとこんな状態だったのである。

『ええおなごになっとるでえ』

 その声が頭にこびりついて離れなかった。

 春まだ遠い底冷えのする長屋で、辰敬は衾にくるまって美しい女になったと言ういちを夢想していた。虚しい事だと言い聞かせ、振り払おうとするのだが、振り払おうとすればするほど反って夢想を掻き立てられるのであった。

 夢想の中でいちはいつも後ろ姿だった。美しい小袖を着て、腰まで届く長い黒髪が揺れている。だが、いちは決して振り返らなかった。大人の女になったいちが、どんなに美しい女になったのか、見たくもあれば見たくもなく、夢想する事さえ息苦しくなり、悶々とのたうち回るのであった。他人には見せられない、こんな不様な姿を情けなく思うのだが、そう言う時は決まってこう言い訳していた。

(多聞さんだって……)

 いや、多聞ほどひどくはないと言い訳を重ねた。多聞のように勤めを放棄するほど堕落はしていない。己が本分は果たすと我が身を揮いたて、凍てつく夜の邸内に出て行くのであった。

 そんな夜勤明けのある朝、辰敬は二条大路の扇屋まで使いを頼まれた。去年、将軍義尹入洛の行列を見物した大店である。政経が生前に注文した扇があったのだが、突然の下向に続く急死で、納品が宙に浮いていた。それをどうしたものか問い合わせて来たのだ。

京極家では受け取る事にしたが、その返事の使いを鷲尾が辰敬に押し付けたのである。

辰敬は不承不承用を済ませたが、扇屋を出た二条大路でふと石童丸の言葉を思い出した。石童丸はこの先にいちが嫁いだ土倉があり、店の名を泉覚坊と教えた。

西へ向かってひとりでに辰敬の足が動き出していた。店を見るだけのつもりだった。後になって思うと魔が差したとしか言えなかった。行ってもいちがいないことは聞いていた。眠いし疲れてもいたから、店の場所が判ったらすぐに戻るつもりだった。

西洞院大路と交叉した辻の北東の角地に土倉泉覚坊はあった。辰敬は店の角に立った。二条大路面が八間、西洞院大路面は六間。高々とうだつをあげた大店である。並びの店が間口二、三間であるから、その大きさが一際目につく。屋根も庶民の町屋が薄いぺらぺらの曽木板を屋根竹で押さえ、石の重しを乗せたのに対して、泉覚坊は冬の光を浴びてぴかぴかに光る真っ平らな板葺きである。西洞院大路面の店先には大きな甕が並び酒の匂いを漂わせていた。泉覚坊は酒屋も兼ねた土倉酒屋であった。何よりも辰敬を驚かせたのは店の奥に聳える二階家であった。都でもまだ二階家は珍しかった。恐らく本邸であろう。本邸に並んで屋根の高い質蔵が二棟と酒の醸造蔵も見えた。

(いちはこんな大店の御寮人になってしまったのか……)

少年の想像を越えた威容に声を失い、魂を抜かれたように立ち尽くしていた。やがて背けるように目を転じると、虚ろな目に西洞院大路の中央を流れる西洞院川が映じた。北で堀川から分れた川で南流している。堀川ほど大きく、深くもない。枯れ草の斜面を降りると、清らかな流れに染物が泳いでいる。

ここから南は染物が盛んで、さらに南へ下ると、紙梳きの町で、古紙や反古を梳き直して宿紙を作っている。

目の前の西洞院川に掛かる板橋を渡って行くと、次が油小路である。南へ下って行けば、多聞の家までそう遠くはない。ぼんやりとそんな事を思い浮かべていると、不意に店先にばたばたと数人の奉公人達が飛び出して来た。

振り返ると、奉公人達は二条大路を東から来た法体の男にぺこぺこと頭を下げた。

男は二人の供を連れている。

頭は剃り上げ、白いものが混じる眉毛の下には黄色く濁った眼がとろりと光っている。腫れたように顔は膨らみ、二重の顎にうっすらと胡麻塩の無精髭が伸びている。店先の甕のような体躯を大儀そうに引きずっている。冷たい風が吹くと、老年に差し掛かった不健康な身体を練絹の衣に首まで埋めた。

この土倉の主に違いない。

都の土倉の多くは山門の坊主が山を降りて経営している。それ以外に相国寺などの寺の坊主や、公家の家司、武士の家臣、有徳の町人なども経営しているが、その数は圧倒的に山門出の坊主が占めている。この男も恐らく比叡山の沢山ある山坊の一つの坊主だったに違いない。悪相だ。強訴をしたり、借金の取り立てをしたり、乱暴狼藉を恣にする叡山の山坊主がそのまま齢を取ったように思えた。

 目の下の隈を見る迄もなく、朝帰りは明らかだった。

 昨夜はいちを……。凍てつく夜を震えながら見回っていた、あの頃に……。考えたくもなかった。来なければ良かったと思った。なぜ来てしまったのかと後悔した。あんな男の慰み者になっているなんて。

(ああ、思うまい。思うまい)

 淫らで忌まわしい光景を振り払うように激しく頭を振ると、男が暖簾を潜る前に、その場を逃げるように離れていた。

第四章 初陣(1

 

 辰敬が御屋形様は民部様に殺されたようなものだと思うのだから、いわんや京極家中においてはをや。

 邸内で辰敬はますます孤立して行った。

 御屋形様下向後も存命中はそれほどでもなかったのだが、死後は辛く当たられる一方であった。

(いつまでいるのだ。もう用はない。早く出雲に返れ)

とまで言われた。

 だが、辰敬は誰に何と言われようと、御屋形様亡き今こそ御奉公の真価を問われていると思っていた。

御屋形様は死んでもその魂はこの邸に留まっている。いつの日か吉童子丸も戻って来るだろう。その時のためにもこの邸を守らねばならぬ。それが御屋形様の御恩に報いることであり、御奉公ではないのかと。

辰敬が知っている多聞ならしたりと頷いたであろうが、多聞は相変わらず出仕しなかった。

 多聞はあの女と一緒になって人が変わってしまったようだ。

 こうして家中の憎しみの籠もった視線を一身に浴びていると、多聞がいてくれたらと切実に思うのだが、辰敬はもう多聞を恃むのは諦めていた。

 多聞の事は考えない事にしていたが、一人ぼっちは辰敬に嫌でも考える時間だけはたっぷりと与えてくれた。

(どうして御屋形様の死がこんなにも悲しいのだろう)

 将棋の才を愛で、歴史絵巻の如き英雄武将の活躍や逸話を沢山物語ってくれた。あろうことか都へも呼んでくれた。門外不出とも言うべき代々證文も見せてくれた。

田舎の子にとっては信じられないほどの至福を与えてくれた人なのだから悲しいのは自然の感情だ。

 でも、ここで少し立場を変えて考えてみたらどうだろう。

御屋形様が誇る佐々木一族こそ、多くの国を滅ぼし、多くの命を奪い、多くの人々を悲嘆の底に突き落として来たのではないのか。

 だからこそ、佐々木一族の栄華が続き、京極家の繁栄がもたらされたのではないか。

あの代々證文に記された京極家の歴史は夥しい血で贖われて来たのだ。御屋形様もその血塗られた歴史を受け継ぎ、自らも血みどろの戦いを繰り広げて来たのだ。

 民部様も文明十六年に守護代を追放された時、御屋形様に殺されていたかもしれない。

 もしはあり得ないが、もし、あの時、御屋形様が民部様を殺し、名実ともに出雲の守護であり続けたなら、辰敬はあれほどまでに御屋形様が好きになっていただろうか。

 否。

出会いすらなかったであろう。

 将棋の強い子供として召し出されたかもしれないが、褒美を頂戴して終わりであったろう。

思うに、好きになったのは、初めて会った日に、御屋形様の目に光る涙を見たからであった。将棋に負けて悔し泣きする辰敬を羨ましいと言い、自分は泣く事も忘れたと呟いた老人に心惹かれたからであった。

親子兄弟が戦で死んだのを泣く大人達は沢山見て来たが、そんな理由で泣いた大人を見たのは初めてだった。

いちを好きになったのとは違った。

いちを好きになった時は、姿を垣間見ただけで、胸が破裂しそうなくらい苦しかった。側にいるだけで恍惚として、それを最高の幸せだと感じていた。

御屋形様も側にいるだけで幸せだったが、それはとても静かで心安らぐものだった。何も飾らず、己を作らず、素のままの自分でいることが出来た。

御屋形様が嘘偽りのない、正直な姿を見せてくれたからだと思う。

いちを好きになったのは女を好きになったのであり、御屋形様を好きになったのは人を好きになったのだ。と、今になって思う。

同情や憐れみは後からついて来た。

御屋形様が出雲に失意の下向をしていたのを知ったのはもっと後のことだった。北近江も出雲も失った老人であることを。

その老人は背負いきれないほどの荷を背負い、押し潰されそうになりながらも、見果てぬ夢を追っていることを知り、辰敬はますます好きになったのだと思う。

 辰敬は自分でも武士の子としては優し過ぎると思っていた。

その後も、奈落の底に落ちるように、悲運の坂を転がり落ちて行く御屋形様を見ていると、子供とは言え、何かしてあげなくてはいられなかった。及ばずながら少しでも力になりたいと心から思った。それが好きになった人へのせめてもの恩返しだと思った。

そして、ようやく御屋形様の唯一の希望である吉童子丸の守りになれ、吉童子丸のよき兄になれるかと思った時、辰敬の願いは水泡に帰してしまった。

 

 師走に入れば、正月の準備が始まるのだが、二年続けて喪中の正月を迎える京極邸は静かなものだった。

 その日、出仕して御用部屋に入ると、常にも増して憎しみの籠もった視線が迎えた。

「御出世やなあ」

 鷲尾が皮肉たっぷりの言葉を浴びせた。苦手の多聞がいないので、近頃はかさにかかって意地悪をして来る。

 訳も分からず当惑していると、

「何や、聞いとらんのか。真っ先にわぬしに報せが届いていると思ったのになあ」

「ほんまにわぬしの親父殿はたいしたもんや」

「あやかりたいものや」

 普段は口も利かない者達も嫌味を浴びせて来る。

 どうやら父の忠重の身に変化があったようだ。出世と言うからには昇進したのだろうが、辰敬には出雲からの報せはまだ届いていなかった。やっかみと憎しみの入り混じった顔を見ると、訊くのも業腹なので辰敬は逃げるように部屋を出た。

 

 結局、多聞に聞くしかなかった。

 だが、風早町へ近づくにつれ足取りが重くなった。それはそうだ。多聞の事は考えない事にしていたのだが、こうして風早町に向かっていると、女と暮らす多聞の姿が浮かび上がり、腸が煮えくり返るのであった。

辰敬を恥を知れと叱ったくせに、自分は女を、しかもよりによって尼僧を連れ込んでいたのだ。確かにあの女は不思議と心に響く経を読んだが、だからと言って許す気にはなれなかった。多聞がふしだらで汚らわしく思えてならなかった。今では多聞を完全に見損なっていた。そんな多聞と本当は顔を合わせたくはないのだ。会っても一体どんな顔をして話をすればいいのか。

町屋の間の細い路地の入口まで来たところで、辰敬の足は止まってしまった。

 よほど引き返そうかと思ったが、父の事は知りたい。

 踏ん切りがつかず、ぐずぐずしていると、

「おっ」

 吃驚したような声に振り返ると、多聞が突っ立っていた。辰敬に遭遇して思わず声を上げたようだ。

辰敬も驚いたが、その目は多聞が抱えている女物の小袖に吸い寄せられていた。古着屋で買って来たのであろう。尼僧には派手過ぎる、嫌でも目につく色模様である。多聞が選んだのであろうが随分趣味が悪いと辰敬は思った。

 多聞はばつの悪い顔を隠すかのように、ことさら明るい声を上げた。

悉皆(しっかい)入道殿は大層な御出世じゃなあ。祝着々々」

 忠重は悉皆入道を号していた。やはり多聞は知っていた。

多聞にまで嫌味を言われたような気がして、辰敬はむっとした。

 多聞は怪訝な顔をした。

「何の用じゃ。御出世の報告か」

「我は知らんのじゃ。お邸でも皆出世したと言うが、父上はどうなさったのじゃ」

 噛みつくように、早口で一気に吐き出した。

 多聞は意外な顔をすると、古着を抱えたまま、この前と同じ寺の境内に入って行った。

 そして、以前の見慣れた仏頂面に戻ってこう言った。

「杵築(出雲)大社造営奉行に任じられたのじゃ」

 ぽかんとした辰敬の顔を見て、如何にそれが大変な任務か、多聞は噛んで含むように教えてくれた。

「任じられたのは亀井能登守秀綱様と多胡悉皆入道忠重様のお二人」

 辰敬は驚いた。亀井秀綱は尼子経久の側近中の側近である。重臣の筆頭である。守護代を追放された経久を支え、苦難の二年を共にした、経久の最も信頼の篤い武将である。

 その亀井秀綱と並んで奉行に任じられるとは。

「亀井様は立場から言えば総奉行じゃな。現場で実際の指揮を執るのは入道殿じゃ。出世と言うよりも、大変な重責を負う事になられたのじゃ。ま、それだけ民部様が信頼を置いておられる訳じゃ」

 例によって一言皮肉を付け加える事を忘れない。

「一口に大社(おおやしろ)を築くと言うが、これは遷宮と言って、何十年に一度、本殿を造りかえる大事業じゃ。莫大な経費と時間を要す。杵築大社は出雲国の一の宮じゃ。古来遷宮は国を挙げての事業であり、出雲の国主の務めじゃった。古くは出雲国国司が務め、武家の世となっては、出雲守護佐々木家が務め、それは京極家に受け継がれたのじゃ。しかし、余りにも大事業であり、出雲の国が明徳の乱で乱れた後は、京極家の力を持ってしてもなし難く、最後に遷宮が行われてから、百年近く途絶えておったのじゃ。それを民部様が復活させようと発願されたのじゃ」

 多聞にしては珍しく饒舌であった。

「出雲の国主の務めなら、それは吉童子丸様の務めじゃないのか……」

 素朴な疑問だった。

 返事はなかった。

「吉童子丸様は守護職を譲られたのじゃろう」

 実は辰敬は政経死後の仕置がどうなっているのか知らなかった。吉童子丸が守護に任じられたなら、家中も晴れやかになるだろうに、そんな雰囲気もないので、疎んじられている事もあって訊くに訊けないまま、何となく妙に思っていたのだ。

 疑問をぶつけると多聞は険しい目を向けた。

「そうじゃろう。じゃったらおかしいのじゃないのか……」

 重ねて問うと、

「言うな」

 怒ったような声に辰敬は一瞬怯んだ。

「えっ……いや、あのう、譲り状と代々證文を多賀様と民部様に託されたのじゃから」

「よう判らんのじゃ、わしも……」

 多聞はため息を漏らした。

「吉童子丸様が守護として披露された話は聞いておらん。聞いておる事はただ一つ。民部様が預かった代々證文を写し取られたと言う事だけじゃ」

 辰敬は驚いた。

「写し取った……」

 その意味がすぐには分からなかったが、あの古色を帯びた文書の一つ一つが真新しい紙に、書き写されて行く光景を想像すると、身体の内から言い知れぬ震えが込み上げて来た。

 あの代々證文は京極家の宝。御屋形様にとっては分身とも命とも言うべきものではないか。それを平然と写し取る行為に、辰敬は死後も尚御屋形様が冒涜されているような気がしてならなかった。

「なして、そげなことを」

「写しを取る事は必ずしも非難されることではない。紛失すると困るので写しを取るし、関係者が多い場合は何通も写しを取る。それは案文と言い、正本と同じ価値があるのじゃ。ただ、民部様が写した意図はあからさまじゃ。尼子家は京極家から分かれた家じゃ。佐々木一族を継承する資格があることを、代々證文を保持する事で証明したいのじゃろう」

「と言う事は、民部様は吉童子丸様を守護としては認めていないと言う事じゃないか。御屋形様の遺言はどうなったのじゃ」

 多聞は答えなかった。

「吉童子丸様と大方様はどうなさっているのじゃろう」

 それは辰敬がずっと心に掛かっていた事だった。

「治部様御寮人は御屋形様と治部様を弔うために、平浜別宮に庵を建てて入られたと聞いておる」

 平浜別宮は平安時代に京都の石清水八幡宮を勧請して創建したので、別宮と称されている。安国寺の近くにあり、由緒ある神社である。

「すると吉童子丸様は守護所にお一人でおられるのじゃろうか」

「さあ……もしかしたら多賀様か、あるいは京極家ゆかりのどなたかの邸に引き取られているのではなかろうか」

 どこにいようとも寂しいことには変わりはない。どれほど荒み苦しんでいる事か。その時の姿を知っているだけに、吉童子丸の絶望的な孤独を思うと、身を引き裂かれるような気がした。すぐにも飛んで行って、抱き締めてやりたかった。

 そんな辰敬の気持ちを知ってか知らずか、多聞は現実と言うものを語った。

「形の上では吉童子丸様が守護じゃろう。じゃが、幕府は出雲の仕置は民部様に任せておる。そうしなければ政が立ち行かぬからじゃ。民部様は最早国主と同じ役割を果たしておいでなのじゃ。民部様は正式には守護ではないが、自らは国主と思っておられる。出雲の誰もがそう思っておる。じゃからこその大社造営なのじゃ」

 きっと鋭い目が辰敬に当てられた。思わずたじろいだ程の、怖いような顔だった。

「年が改まったらいよいよ造営が始まるじゃろうが、実はな、杵築大社造営の発願はもっと前の九月の半ばになされていたのじゃ」

 悔やむ声に変わった。

「わしも知らなかった。御屋形様がお亡くなりになった後で知ったのじゃ。重ね重ねの不忠者よ」

 嘲るように顔を歪めた。

「女に魂を抜かれて、腑抜けになっておったからじゃと言いたいじゃろう」

「えっ、いえ、そんな……」

 ずばりと言い当てられて、辰敬はしどろもどろになった。人の事を言えた立場ではない。いちの事ではどれだけ恥を晒したか。

 それよりも、辰敬が驚いたのは、九月の半ばと言えば、御屋形様が病で伏せっていた頃と聞いていたからだ。

その疑問に答えるかのように、多聞は吐き捨てた。

「あたかも御屋形様が病に倒れるのを待っていたかのように、大社造営を宣言されたのじゃ」

 何とむごい振る舞いではないか。死の床にある老人に対して、余りにも無慈悲で、残酷な仕打ちではないか。

「勝ち誇ったように宣言されたのじゃろうな。御屋形様にはなしえなかった大社造営を民部様がやるのだと。どちらが国主かこれで分かったろうと言わんばかりにな」

 そう続ける多聞の顔は悲痛だった。

「御屋形様はどんな思いで聞かれたのじゃろう……」

 辰敬は切なくて、胸が塞がった。

「復讐じゃよ。民部様は追放されて、逃げ回た二年の苦難を忘れてはおられん。いつかは恨みを晴らす。その一念で出雲を切り取って来られたのじゃ。同情や憐れみなど欠片もあるものか。見事に復讐を果たされ、さぞ満足であられたろうよ」

 辰敬が難じるような目を向けると、多聞はひたと見返した。

「勘違いするな。御屋形様は民部様に膝を屈したのではないぞ。憐れみを請われたのではないぞ。これだけは忘れるでないぞ。御屋形様は最後まで民部様と戦われたのじゃ。いかに民部様が国主然と振舞っても、御屋形様は決して認めぬ。守護はあくまでも吉童子丸様と命を賭けて主張されたのじゃ。多賀様と民部様のお二人に譲り状と代々證文をお預けになったのがその証じゃ。預かったのはお二人じゃが、その事は、天と地と出雲のすべての民が見ているのじゃ。民部様はすぐにも守護職を望んでおられたじゃろうが、すぐにはなれんじゃろう。結局出来る事と言えば、代々證文を写し取るぐらいの事だったのじゃ。栖雲寺殿京極宗濟(政経)こそ戦国の武将だったのじゃ」

 その言葉に辰敬ははっと多聞を見返した。

 今の辰敬にとってはどれだけ救いの言葉になった事か。多聞が辰敬の知っている多聞だった事もちょっぴり嬉しかった。

 

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