曽田博久のblog

若い頃はアニメや特撮番組の脚本を執筆。ゲームシナリオ執筆を経て、文庫書下ろし時代小説を執筆するも妻の病気で介護に専念せざるを得ず、出雲に帰郷。介護のかたわら若い頃から書きたかった郷土の戦国武将の物語をこつこつ執筆。このブログの目的はその小説を少しずつ掲載してゆくことですが、ブログに載せるのか、ホームページを作って載せるのか、素人なのでまだどうしたら一番いいのか分かりません。そこでしばらくは自分のブログのスキルを上げるためと本ブログを認知して頂くために、私が描こうとする武将の逸話や、出雲の新旧の風土記、介護や畑の農作業日記、脚本家時代の話や私の師匠であった脚本家とのアンビリーバブルなトンデモ弟子生活などをご紹介してゆきたいと思います。しばらくは愛想のない文字だけのブログが続くと思いますが、よろしくお付き合いください。

カテゴリ: 妻の故郷熊本

妻の実家の修復工事が始まったと世話人さんから連絡があり写真を送って下さった。
今日17日は熊本は大雨警報が発せられ、3時間で150mmの大雨が降ったが、昼頃には落ち着いたので撮影したものである。

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清崎邸2この家は、大正 10 年頃に建てられ、 100 年を過ぎていますが、熊本市川尻町の 繫栄した頃の時代を残す町並みの家で、 地域の町並みを伝承する目的で、熊本震災 で西の方角に 20 ㎝ほど傾いた家を修復し 外観を崩さずに利活用するための工事に 着手しました。 
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家の中はすっかり片付けられている。家が傾かないように応急措置で取り付けられたかすがいがわかる。修復には時間がかかると聞いているので、今回は傾きを直して真っ直ぐにするのだろう。
思い出が消えて行くようで、自分でさえ寂しいのに、ここで生まれ育った妻がこの写真を見たらどう思うだろう。
跡形もなく消える訳ではない。この町の人たちの手で、この町にふさわしい家として再生される。それまでに折を見て熊本に行こうと思っている。

12月18日午前中に熊本銀行の川尻支店で契約する。買ってくれた「川尻の町並みを保存する会」の代表はまだ若い人。熊本には市からも支援を受けるこういう組織が4つ(?)くらいあるらしい。活動する人材がなかなか育たないようだ。その中でも川尻はこれまで中心になって40年以上も活動していた人から若い人へとうまくバトンタッチが出来ているようだ。年内に荷物を運び出し、家が傾いているので支えを入れるそうだ。どんな建物になるかどのように利用するかはこれから考え、完成するまでには2、3年かかるそうだ。
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隣は売れないで駐車場になっている。路地を挟んだ手前も更地の空き地のまま。完成したら必ず見に来ると約束する。
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通りにあるすぐ近くの御船手渡し場跡。
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路地を入ると水門がある。水門を潜ると渡し場跡。夏休み、ここで子供たちと釣りをした。その頃、九州新幹線はまだ通っていなかった。加勢川と言う川なのだが、もっと小さい川だったような気がして確かめたら、洪水対策で川幅が3倍に拡張されたそうだ。道理で。
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川尻御船手を紹介する案内。御船手とは水軍のこと。川尻の港は「開懐世利(かわせり)」の名で海外にも知られた港だったらしい。肥後水軍の根拠地で、紹介されている船は細川藩の御召御座船。
右の写真は妻の実家の前の通り。左奥に見える建物が「瑞鷹」と言う有名な酒造メーカー。
契約後、2時にお寺さんが来て仏壇供養をするので、その間、家の最期の整理をする。
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階段を上がって2階へ。
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すでに下見して儂が応急修理したところは撤去してあった。
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床の間の柱や欄間は残してくれるのかなあと想像しながら最後の別れをする。妻が育ち、子供たちが楽しい夏休みを過ごした部屋である。感謝しかない。
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玄関を入ったところが一階の居間。玄関の横に水神様。
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玄関を入ると居間の横は広い土間。天井の梁は太い。
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2時にお寺さんが来て、仏壇の供養。魂抜きをする。家を明け渡す時はこれをしないといけない。供養が終わった後、儂は仏壇をレンタカーに乗せて、南区から東区の花立というところにある仏具屋さんまで運び、処分してもらう。普通は仏具屋さんが引き取りに来るのだが、人手不足で出来ないと断られたのだ。運ぶからということで引き取ってもらう。2万円なり。仏具屋さんが引き取りにくる場合は3万円だそうだ。3時過ぎにすべては終了する。夕方の新幹線で博多へ。妹の家に一泊して19日に出雲に戻る。熊本福岡は陽が出て青空なるも出雲は雨が冷たい。雨が降ったりやんだり、雪もちらほらと舞ったり、山陰とはよく言ったもんだ。

今回世話になった人が「曽田さんは熊本が最後だから(自分は最後のつもりではないのだが)」と、妻の友人の所に案内してくれた。一人は川尻に住む妻の高校の二年後輩。儂も何十年も前に会ったことのある人。妻の近況を報告する。いつか出雲に行くと言って下さる。もう一人は市内の人で妻の同級生。この人は十何年前に東京まで見舞いに来てくれた人。この人も出雲に行きたいと言って下さる。いい土産話が沢山できたのだが、家のことを話すとなると母親が死んだことを話さねばならず、どうしたものかと悩んでいる。

熊本の妻の実家が売れることになった。更地にしないと売れないと思い、あれこれ相みつを取ったり、熊本の知り合いに相談したりしていたのだが、売値は340万円なのに解体費用が200万円を超えることがわかる。売れたとしても儲けは140万円にもならない。しかもたとえ更地にしても「売れないよ」と地元の人に言われた。だからと言ってこれ以上放置しておいたらボロ家がいつ崩れるかも分からない。放置し続けて子供たちに後始末させることだけは絶対に避けたい。何としても儂の手で始末するしかない。売れないと分かっていても解体するしかない。そう決意した時、川尻の景観を保存する会からあの家を150万円で譲ってくれないかという話が来る。この会は川の港や米蔵などがあった古い昔の景観を蘇らせて寂れた町を再生させようと活動しているグループで、川尻のあちらこちらで古くて再生するにふさわしい建物をリニューアルして来た実績がある。妻の実家を検分し、大正時代に出来た料亭で、いい柱を使っているので再生リニューアルする価値があると認めてくれたのである。私は200万円出して解体するつもりだったから、一も二もなく申し出を受けることにした。何が嬉しいと言って妻の実家が消滅することなく生き残ることが嬉しかったのである。どのような家に再生されるか分からないが、柱や梁は残る。亡き義母や妻への婿として夫としての責任が果たせる。

1218日の契約に合わせて、17日に出雲を発つ。

ところが、朝6:49発の「特急スーパーおき」に乗るためには、6時頃にタクシーに迎えに来てもらわないといけないのだが、どこのタクシー会社も営業は8時からだと断られる。自家用車で出るしかないのだが2日半以上も駐車場に駐めていたらエライ駐車料金がかかる。しかも雪の予報。急遽、16日の夜にタクシーで駅前のホテルに行き泊まる。

17日の朝、予報では降るようなことを言ってたが大きく降ったのは鳥取の東部で島根は降らず。

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新山口行き「スーパーおき」は指定席1両、自由席1両の2両編成。数年前までは3両か、4両あったのだが。車内もがらがら。
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山口線の徳佐あたりは一面の雪景色。中国山地の西端なので山口県でもこの辺りは雪が積もる。
右は「みずほ」。博多を出たらがらがら。 

山陰線、山口線を走り、新山口から九州新幹線「みずほ」で熊本に着いたのが1157分。

鹿児島本線で熊本から二つ目の川尻へ。そこで、川尻の景観を保存する会につないでくれた知り合いと昼飯。
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川尻の蔵前うどん。ここも保存する会がリニューアルしたうどん屋さん。

看板に使っているのが川尻の川船を裏返したもの。店内は古い家の趣が残されている。 

昼食後、南区役所に案内してもらう。ここで川尻の家の固定資産税の評価証を再発行してもらう。それを明日の契約書を作る司法書士に届ける。

その後、実家へ行く。去年の11月末に来ているので約一年ぶり。去年あらかた整理しているが念のためにもう一度検める。知り合いがもしかしたら儂が熊本へ来るのは最後になるかもしれないからと近所に住む妻の二年後輩の家を教えてくれて、会いに行く。この人とは三十年以上も前に会ったことがあり妻の近況を知らせる。妻の実家にも来てくれて整理しながら色々とお話をする。そのご、その知り合いがもう一軒、妻の高校の同級生の家にも連れて行ってくれる。その人は十二、三年前に東京に見舞いにも来てくれた友人。ここでも小一時間妻の話をして別れる。

明日は午前中、契約。午後はお寺さんに来てもらって、仏壇の魂抜きの供養をして貰う。
駅前の東横インに泊まるがGOTOトラベルで五千何百円かが三千何百円かになり、1,000円の地域共通クーポンまでくれた。

11月28日に妻の実家へ行く。
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熊本市の南の外れに近い川尻という町にある。2007年に義母が施設に入り、2013年に死亡。12年間無人。義母が入院中に1度頼まれて入ったことがあっただけで、震災後も家が心配だったが、妻の介護もあり、ずっと放っておいた。大正の末に建てられた料亭だったらしいが、もう限界に来ていたところに地震に襲われ、処分するしかなくなったのである。風雪のせいか、地震のせいか、壁板も落ちてぼろぼろである。鍵をなくしてしまい、救急の鍵屋を呼ぶ。鍵が錆びついているせいか開けられないので、横の窓を外して入るが、特別な料金がかかるとかで3万円も取られる。その上、鍵の交換に3万円、諸費用消費税をくわえて8万600円も取られる。その瞬間、ため息が出て、どんよりとした気分で内部に入る。
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 (上がってすぐの茶の間)               (仏壇の裏のトイレの壁)
義父の位牌が落ちていた。 茶の間の横のトイレの壁には大きな隙間が出来ていて外光が射し込んでいる。
位牌を仏壇に戻すだけでやっとであった。詳しく検分することもせず、ぼおっと見て回っただけで、2階へ上がる。
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 (座敷の廊下の窓)            (床の間の横)
サッシの窓は開いたままで、一枚は粉々に割れて、廊下にガラス片が飛び散っている。3年間もこんな状態で雨風が吹き込んでいたのかと思うと、どうして震災後にすぐに来なかったのかと悔やむ。自分の家ではないが、妻が育った家であり、子供たちが夏休みや冬休みに過ごした家である。人同様に家だって健康で元気でいてほしいではないか。床の間の横のガラス戸も粉微塵。この日は何もせず、何も触らず、ただ見ただけでどんよりとした気分で家を出る。頭の中は明日の応急修理のことで一杯。
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(御蔵跡)             (札座跡)

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    (鹿児島本線の鉄橋)
妻の実家の裏には加勢川が流れ、下ると港。昔は河川交通の要所。鉄橋の手前は船着き場。米蔵があり、藩札を発行した札座なるものがあった。夏休みに子供たちと魚釣りしたり、鉄橋の遠く向こうに上がる花火を見物した。バスに乗って帰ろうと懐かしい道を歩くがどこにもバス停がない。
大通りに出てやっとバス停をみつける。バス待ちのおばあさんに聞いたら昔のバス路線は去年廃止になったのだそうだ。道理でいくら歩いても停留所がないはずだ。世間話をしていたら、川尻が寂れた話になり、家が売れない話になる。「負け惜しみじゃないけれど、主人と話すの。家なんか持ってなくてよかったねと……ほほほほ」
笑い事じゃない。こっちの身にもなってくれ。
いいこともあった。儂が熊本の妻の高校の同級生に喪中葉書を出し、そこに熊本へ行くことを書いておいたのだが、その人がもう一人の同級生に連絡してくれて、玄関にその人の連絡先の紙を張っておいてくれたのだ。電話して近況報告する。必ず同級生と二人、出雲へ行くと約束してくれる。
11月29日
今日はため息なんかついていられない。根性を入れて、応急修理と出雲へ持ち帰る物の整理をしないといけない。市電で熊本駅へ出て、JRで川尻駅の隣の富合駅へ。ナフコ富合店で窓を塞ぐビニールや養生テープを買って、川尻へまたJRで戻る。
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(12畳半の2階座敷)
夏休みには全員ここで雑魚寝。子供たちの声が蘇り、布袋様のような大きな体を揺すって笑う義母の姿が浮かび上がる。一心不乱、サッシ窓の応急修理に精を出す。明日、出雲に帰るから、ため息をついている暇もない。
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窓の外からカバーにしていたベニヤを起こして紐で固定。内からはテーブルクロス用のビニールを張って雨風を防ぐ。
近所の「〇〇のおっちゃん」は妻の友人で、儂も熊本へ行った時は家族ぐるみで遊んでいた。その人が昨日の妻の友人との仲立ちをしてくれていて、今日は妻の小中の友人の、儂も知っている女性を引っ張り出して来る。昼は三人でそばを食う。有難いことだ。肥後もっこすで今は鴨撃ちで忙しいらしい。この家に興味を持っている人を連れて来て、今度家の中を見せると言ってくれた。でも、難しいと……。
そうこうしていると、不動産屋が検分に来る。いい柱や材木が使ってあると感心していたが、多分、古材としては売れないだろうと言う。昔は古民家の古材がブームだったが、今、熊本には古材が溢れかえっていると言う。震災で倒壊した家や、解体した家から山のように吐き出されたからだ。
古材を売ることなど考えないで、解体して更地にするしかないようだ。
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風呂場のヒビもすごい。
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階下の義母のベッドのある部屋の壁に子供たちが描いた絵が残っていた。色あせて消えかかっていた。娘が4、5歳の頃のもののようだ。
部屋を整理していたらアルバムが出て来る。妻の19か20くらいの写真も出て来る。きりっと前を向いて行進する写真。「ここに、未来が見えていない人がいる」ふと、そう思った。30年先のことは誰も分からないが、若い人だと残酷に思えてならない。
今回は最低限のことをした。もう一度来ないといけないだろう。

11月27日、熊本の妻の実家を処分しないといけなくなったので久しぶりに熊本へ行く。28日の10時に不動産屋に会うので前日から熊本へ乗り込む。熊本には相談できる人は妻のおばさん(母の妹)しかいないのでお土産は畑の生り物をいくつか。
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独り暮らしなので朝獲れの大根とサラダ蕪とレタスとカリフラワーにわが家の柿を少し。
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母をショートステイに送り出して出発。出雲市駅からスーパーおき4号で新山口へ。熊本での移動を考えたら車で行くのがいいことは分かっているのだが、もし事故でも起こしたらと思うと慎重にならざるを得ず、新山口からは新幹線で熊本へ。これまで出雲から熊本へ車で行ったのは2回。妻の母の見舞いで東京から行った時はレンタカーを借りたし、出雲からJRで行った時もレンタカーを借りていたが、今回は震災後初めて行くので、熊本も変わっていると思われ、原則移動はバスや市電にする予定。
遊びの旅行ではないが、実家の片付けもあるかもしれないので、今回は3泊4日の予定を組んでいる。こんなに長く家を空けるのは久しぶり。ちょっとだけ旅行気分を味わう。
特急なのに指定席1両、自由席1両のわずか2両編成。もちろん自由席。乗客は全員2席を一人で占領。
車内販売なんかもちろんないので駅弁とあご野焼きを買って乗り込む。野焼きをかじりながら弁当を食う。
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山口線で遅延したので、熊本駅へ着いたのが6時前。雨模様で真っ暗。懐かしの市電で市役所前まで。熊本のラッシュアワーは凄い。外は暗いし、地理も暗くなっているから、車の運転の自信も喪失。そうでなくても市内の中心部は市電は走っているし、三車線なので神経を使う。三車線道路が大の苦手なのである。慣れてないからいつどのタイミングで車線変更していいか分からずいつも右往左往する。出雲なんて三車線なんてありませんから。市電から見たら懐かしの交通センターも消滅しているではないか。
ホテルに入り、コンビニのおにぎりと味噌仕立て団子汁で夕食を済ませ、おばさん宅へ。無音を詫び、経過報告。おばさんから貴重な昔話を聞きホテルに戻る。
11月28日。
午前中、不動産屋に会って色々と相談打ち合わせをすます。午後から妻の実家へ行く予定だったが、1時間ぐらい時間が空いたので、急遽腹ごしらえしてから熊本城へ行く。
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馬トロ丼                   熊本城櫨方(はぜかた)門
旅に出て困るのは食うものがないことだ。夕べもコンビニで脂質のなさそうなものを食う。御城へ行く途中、馬とろ丼なる物を見つける。さすがは馬刺しの国熊本である。馬肉は脂質が少ないので大喜びで飛びつく。目の玉が飛び出るほど美味いものではなかったが、熊本ならではのものが食えてよしとする。
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櫨方門                    案内板
案内板の赤丸が櫨方門。黄丸が案内板。青い道筋を歩く。赤の道は天守閣への見学ルートだが平日は通れず。土日と特別な日だけ通れるようだ。
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いきなり団子
お土産広場で「いきなり団子」を見つける。結婚して初めて熊本へ行った時、下通り商店街(熊本の銀座)で蒸気を噴き出すいきなり団子の蒸し器を見て、「何じゃ、これは」と、聞いたら、熊本のソウルフードだと教えられる。
さつま芋の上にあんこをのせた団子である。二十年ぶりに食う。素朴な味である。「いきなりステーキ」がはやるよりも何十年も前から存在する名物団子。
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未申(ひつじさる)櫓            元太鼓櫓
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震災前と震災後の比較写真パネル。震災直後の写真だが、現在それほど回復したようには思えない。
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戌亥(いぬい)櫓              宇土櫓
宇土櫓の向こうに見えるのが天守閣。崩れる前から天守閣は昭和新城であり、コンクリート製で松江城のような江戸時代がそっくり残っているような城ではなかった。そんなに一生懸命に再建するほどの文化財的価値はないと思うのだが、熊本のシンボルとしての価値を優先しているのだろう。
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加藤神社から望む天守閣        北大手櫓門跡
加藤清正を祀った加藤神社から見る天守閣が一番いい眺めなのだそうだが……。いつになったら。
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無傷の石垣                 平櫓
このように一見無傷に見える石垣もある。
工事中の平櫓。ぐるりと御城を半周ちょっと回った処。ここを入ったところにあるのが不開門(あかずの門)で北東の守りになる。
小一時間歩いてから、妻の実家へ向かう。ため息が出るような報告は、明日も行くので、まとめて明日に。

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