曽田博久のblog

若い頃はアニメや特撮番組の脚本を執筆。ゲームシナリオ執筆を経て、文庫書下ろし時代小説を執筆するも妻の病気で介護に専念せざるを得ず、出雲に帰郷。介護のかたわら若い頃から書きたかった郷土の戦国武将の物語をこつこつ執筆。このブログの目的はその小説を少しずつ掲載してゆくことですが、ブログに載せるのか、ホームページを作って載せるのか、素人なのでまだどうしたら一番いいのか分かりません。そこでしばらくは自分のブログのスキルを上げるためと本ブログを認知して頂くために、私が描こうとする武将の逸話や、出雲の新旧の風土記、介護や畑の農作業日記、脚本家時代の話や私の師匠であった脚本家とのアンビリーバブルなトンデモ弟子生活などをご紹介してゆきたいと思います。しばらくは愛想のない文字だけのブログが続くと思いますが、よろしくお付き合いください。

2022年06月

天気予報では6月21日から雨が降ると言うので大慌てで日曜日の19日にじゃが芋を掘る。
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まずは左の畝から。ここには手前からキタアカリ、メイクイーン、とうやの順に3種類植えた。葉っぱはもう枯れている。枯れてから収穫するのでこの枯れ具合でいいのだが、途中経過で報告したようにこれ以前に葉っぱの成長が悪くて全然青々と茂らなかった。水不足かと思いマルチ植えの隙間から水をやったがもはや手遅れで葉っぱは勢いが戻ることなく、その後どんどんしおれて行き、とうとうこのように枯れたのである。そういうわけで出来に関しては全然自信がなかった。ドキドキしながらマルチを剥ぐ。いつもなら期待に胸を膨らませてドキドキするのだが、今年はどんなに出来が悪いのか、悪い方の予感でドキドキ。
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左)マルチを剥いだらこんな感じ。本当ならもう少し顔を出していてもいいのに少ししか顔を出していない。
右)土を払いのけるように掘り出してみたらこんな感じ。二列に植えたから明らかに少ない。
マルチ植えの利点はこのように楽にじゃが芋を収穫できる所にある。掘らなくてよい。拾って行くような感じであるが、数が少ないので楽した感じはあまりしない。
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次にその右隣の畝のマルチを剥ぐ。ここに植えたのは定番の男爵。左の畝のキタアカリ、メイクイーン、とうやと比べてみると、男爵の方がやや大きいことがわかる。さすが定番のじゃが芋と感心する。昔から作られているじゃが芋でこの何年かは新しい品種にばかり浮気していたのだが、今年は何気に定番のじゃが芋を植えてみようと思ったのである。定番の芋を植えておいてよかったと少し胸をなでおろす。と言っても数は哀しいくらいに少ないのだ。
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このしわしわは2月に植えたじゃが芋の種芋。このしわしわの一個がたくさんのじゃが芋を育てる養分となっているのだ。養分を全部使いきった出がらしの状態である。ところが枯れ切らない、葉っぱの黄色い勢いのないやつの下には種芋が植えた時とほとんど同じ状態で残っているのだ。(証拠写真を撮ったはずなのだがなぜか見当たらず)。もちろんその下には芋は殆どで来ていない。どうしてそうなったのかがわからん。
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左)順にとうや、メイクイーン、キタアカリ。
右)男爵。
4種類とも例年の3分の1の出来である。
今年は晩生の玉ねぎが失敗。そしてじゃが芋も失敗。玉ねぎとじゃが芋と言えば家庭菜園の定番。誰でも作れて当たり前の作物。それがこのありさまでは百姓失格である。ショックで自信喪失している。

ところで21日から雨が続くと言う天気予報だったが23日の今日まで蒸し暑い日が続く。今日は出雲でも33度を超えて毎日毎日みな嫌になるといいながら朝夕水やりをしている。
ところで、またところでなのだが、今日島根県のコロナ感染者がとうとう100人を越してしまった。
一か月ぶりだと言う。6月の初め頃だったか一桁の日があって、ついに島根県はコロナ撲滅かと思っていたらこの一週間であれよあれよと増えて行く。今日は出雲市だけで90人を越えていた。第7波が来たのではないかと心配している。



6月10日に娘が妻とオンライン面会。
孫が画面を見てニコニコ手を伸ばしたので妻もベッドから喜んで手を出していたそうだ。赤ん坊を抱っこしながら話をしたので、前回同様「いいお母さんしてる」と職員さんに嬉しそうにしていたよし。娘が8月にジュネーブに行くと言ったら「ジュネーブ!なにしに行くの?」と聞くので、国連の障害者権利条約の仕事だと言ったら「すごいねえ」と喜んでいたそうだ。
孫がハイハイしはじめたたと言ったら「ケガさせないでね」と何回も言う。通信を切る前にも言ったそうだ。
儂とガラス越し面会する時はヘリコプターで川尻に行くとか熊本に行くと言っているのだが、外国が出て来ると途端に反応が変わる。
今日6月18日は儂が母の面会。その後、妻との面会。
例によって週刊誌とみんなで食べてもらおうと島根ブドウを持って行く。原則面会は出来ない。母がロビーにいたら窓ガラス越しの面会をさせてくれる。面会は期待しないで行ったのだが、職員さんが面会しますかと聞く。面会室で出来ると言う。ビックリする。断る理由はないので二つ返事で面会させてもらう。マスクしてアクリル板越しではあるが、本当にいつ以来か分からないくらい久しぶりの面会。直接会ってスマホを使わないで話すのはやはり違う。おかあちゃんと会っている実感がする。毎日退屈なのだそうだ。色々工夫はしていてもコロナ禍では制約があるから仕方ないが本人はコロナでこういう状況にあることがよくわかっていないのだ。娘が送ってくれたラインの映像で孫と犬が帰宅したお父さんに大喜びしているのを見て、母は何度も何度も繰り返し見て声を上げて笑う。もう少しいてやりたかったが妻との面会があるので引き上げる。
車で10分強。途中カット西瓜を買って行こうと思ったら西瓜がなかったのでカットパイナップルを買って特養へ。こちらはまだガラス越しの面会。しゃべっていることの半分も聞き取れず、脈絡もなく従妹が可愛いとか(子供の時の)娘に「お父さんと一緒に寝てるの」「しっかり抱っこして寝るんですよ」とか意味の通らないことを言う。「運転手さん、発車お願いします」と言うのでどこへ行くんだと聞くと「おおさか」と言う。さすが儂も何を話していいのか分からなくなり途方に暮れる。少しでも興味を引こうと思って娘が8月にジュネーブへ行くのを知っているかと聞くと知らないと言う。国連へ行く。
障害者の権利条約の仕事だと言うと「そりゃあよかった」と言い。「国費か」と聞き返して来る。
儂は国費と言う言葉を聞いてほっとする。いかにも妻らしい言葉だったからである。最後に「国費」が聞けて良かったと自分に言い聞かせて特養を出る。

語録(35)

2009.7.1

「今日、川尻に行かんといかん」「なんで?」

「幽霊に会いに行くの」「幽霊に会ってどうするの?」

「幽霊をやっつけるの」

2009.7.4

「いま薬のませるから」

「ありがとう。感謝よ。お父さん」

「いいよ、薬ぐらいで」

「飲ませてくれないと、私だったらためておくばかりだから」

2009.7.

(おむつ替える時)

「お父さん、これ仕事だと思ってやってるの」「いや」

※義務でやっているように見えたのだろうか。ドキッとして、そう見えたなら申し訳ないと心で謝る。

2009.7.21

「お父さん、手(左手)が冷たい」

「撫でて」撫でていたら

「手を持って撫でて」持って撫でたら

「気持ちいい」

2009.7.24

「お父さん、私の代わりにトイレに行って」

「なんで、でそうなの?ウンチ?」

「うん、むずむずするの」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

妻がなにかをするので「そうそう……」と、言ったら

「いちいちうるさいね」

2009.8.5

「左足が動かないの。こんなことで歩けるのかな。ギブスしているからいいか」

2009.8.6

「お父さん、仕事、行かないの」「うん」

「やる気、ないのね」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「濡れてるのにパット替えてくれません」

「人聞きの悪いこと言うな」

「濡れてるのに濡れてないと言います」

2009.8.25

「ヒロアキ兄ちゃん、スタイルいいね」

「おれ、お父さんだよ」

「なに、ここへ来たら、お父さんになったの」

2009.8.28

「なんでもやってもらうからさ、最近、ひとりでやりたくなくなっちゃった」

2009.9.3

「お父さん、それ好きねえ(何か食べ物)今度結婚する人に教えてあげるよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「お父さん、子供の作り方忘れたんじゃない。みんな、曽田さんち、そろそろと思ってるんじゃない」

2009.9.7

「だるいの?お父さん、ここで寝てたら、かわってあげるから」
※そんな顔をしていたのかなあと反省する。

2009.9.25

(夜眠れないので足を揉んでやっていたら)

「気持ちいい。正月からありがとう。今日、若宮さんへ行かんといかんよ。大吉、引いてね。去年も大吉じゃなかったけ」

2009.10.3

「今日で川尻もおしまい」

「なんで終わりなの?」

「明日、東京へ帰るから。モモちゃん、いっぱい楽しんでおきなさい」

・・・・・・・・・・・・・・・・

「ヒロアキ兄ちゃん、どう思う?」

「おれ、ヒロアキ兄ちゃんじゃないよ」

「ヒデキ兄ちゃん」

「ヒデキ君でもないよ。誰?おれ」

「あっ、名前変えたんだ」じっと見て「なんて名前だっけ」

2009.10.8

五十六会の写真を見て

「〇ちゃん(娘)、五十六会じゃないのに入っとらすね」

「〇ちゃんが入ってるの?」

「うん、写真にうつってる」
※妻は看護学校の56期だったので同期の集まりは五十六会という。

2009.10.25

(夜、パット交換時)

「寒くないようにして」

「?」

「男の子、可愛かったんでしょ」(赤ちゃんのこと)

2009.11.5

「ヒロアキ兄ちゃん、名前がヒロアキでよかったね」

「おれ、ヒロアキ兄ちゃんじゃないよ」

「じゃ、誰?」

「曽田博久」

「違います。曽田博久は私の夫です」

2009.11.9

「今日はどんな夢を見るのかな」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「お父さん、みそ汁ください」準備していると

「お茶下さい」

「味噌汁じゃないの」

「お茶ください」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

夕食後

「お昼ごはん何食べたか忘れたか」

2009.12.2

「先生、お父さんに似ている」

「おれだよ」

「ずいぶんそっくりな人がいるから驚いたの」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「お父さん、ごはんじょうずになったね。今日はまずい」

2009.12.6

「私が出かけたらそこらのもの適当に食べてね」

・・・・・・・・・・・・・・

「おれ、ヒロアキ兄ちゃんじゃないよ」

じっと見て、「誰だっけ」

じっと見て、「もう忘れちゃった」

2009.12.

俺「いま大切にしている人は?」

「お父さんよ、今死なれると困るから。働きに行かなくちゃならないし」

2009.12.22

「お父さん、今度生まれてくる子、大切にしようね。写真、いっぱいとってやって」


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5月18日:安納芋(左)とシルクスイート(右)に遮光ネットを被せる。5月14日に苗を植えたのだがその後ずっとこんな天気が続く。薩摩芋には普通は水なんてやらないのだが、苗を植えた時には朝夕水をやっていた。だが余りにも天気が続いたのでネットを被せた。今はネットは外しているが苗は3本枯れてしまった。
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5月25日:じゃが芋。本当はこの頃は青々と葉っぱが繁っていなければならないのだが黄色くなってしまった。こんなことはじゃが芋を作ってから初めて。マルチ植えなので今年のように雨が少ないと水不足になってしまったのだろうか。わしも少しじゃが芋をなめていたのかもしれない。もっとこまめに水をやればよかったのかも。慌てて水をやったがもう緑は復活しない。玉ねぎは歴史的不作だったが、じゃが芋も後に続きそうで今からどんよりしている。
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5月29日:その歴史的不作の玉ねぎ。例年の半分から3分の1の大きさ。途中から生育が悪いのは分かっていて肥料が足りなかったのか水不足なのか頭を捻っていたら、近所の玉ねぎはどこも全滅。畑先生もなんでか分らんと言う。ただ一軒だけ豊作のところがあった。そこはリタイヤした夫婦が仲良く毎日畑に出ていて水やりの世話を欠かしたことがない。やっぱりこまめに世話をしないといけないんだなあと畑先生と納得。
6月1日:右の写真。青森ニンニク。豊作。玉ねぎ同様、何もしてない。水もやらず放置していたのに。畑先生も豊作。畑先生となんでだろうとにんまり。
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6月2日:カボチャを植える。薩摩芋を植えた後は春の植え付けは終わりにするつもりだった。というよりカボチャを植えたくても植えるスペースがなかったのである。ところが5月の末に豆が終り、空豆が終り、イチゴも抜いて、玉ねぎとニンニクも抜いたら畑に広大なスペースが出来てしまった。もう遅いかと思って種苗店に行ったらまだカボチャの苗が残っていたので慌てて買う。溝を掘ってたい肥を入れて化成肥料をやり埋め戻したあとに苗を8本植える。
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6月5日:藁を敷く。ただしシーズン末期の売れ残りの苗だったので、買った時から葉っぱが黄色いものがあり、みるみる黄色くなって行った。こんな調子で育つのだろうか。よそより1ヶ月から2ヶ月遅いのである。4種類2本ずつ植える。ブラックジョー、ロロン、白爵、甘龍(かんりゅう)の4種。毎年坊ちゃんカボチャを作っていたが坊ちゃんは飽きた。
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6月8日:一番ナスを摘む。最初になったナスは小さいうちに摘果しろと言われていたがこれまでなんとなくもったいなくてやったことがなかった。ところが畑先生は取っていると聞いたので早速やってみる。いいナスが出来るらしい。
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6月9日:出来の悪い玉ねぎだがいちおう干しておく。個数もすくないこと。
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6月9日:ニンニクを30個ほど台所の外に干す。今年の秋に植える保存用。これでニンニク片150個以上はある。今年から高い青森ニンニクを買わなくてすむ。
6月13日:(右の写真)ニンニクの茎を切り乾燥させる。これで100個以上はある。自分ではほとんど食べない。カツオのたたきを食べる時にすりおろすぐらい。
6月14日、中国地方やっと梅雨入りする。毎日、雨が降らなくていつ降るのやらと待ち望んでいたのでほっとする。これで水やりからは少し解放されるかも。去年より33日遅いが、これは去年の梅雨入りが異常に早かったのであり、平年よりは8日遅い。
後は梅雨の合間にじゃが芋を掘るだけ。余り期待していないけど。

夜間頻尿の記事をしばらく休んでいたのは去年の秋から今年の春まで一向にはかばかしい改善がみられなかったからである。でも儂はこういう病気は忍耐と継続だと思いひたすら薬を飲み続け、例の記録、夜、起きてトイレに行った時間をひたすら記録し続けていた。記録を取り出して一年以上になるが一日たりとも休んだことはない。

(20224)11時就寝7時起床

 

6日         2:00         4:45         7:00

7日                3:40

8日          2:15              5:35 

9日           2:30                 6:20
10
日       1:30               5:00
11
日              3:10              6:30
12
日                        5:00

13日               3:25               7:00

14日       1:20          4:20           7:00
15
日        1:35                 5:40(寒の戻り)

16日       1:20           4:45         6:45(寒の戻り)

17日(12時就寝)  1:30                5:20     7:00

18日          1:35                5:20
19
日           2:35              5:30
20
日                3:30           5:55
21
日                3:40              6:30 

22日          2:15                 5:50

23日            2:45             5:20     7:00

24日               3:10             5:50  7:00

25日          2:15                 5:35 
26
日     0:50     2:50           4:55       7:00

 

これは今年4月の記録。一年以上もこの調子で記録を取り続けて来た。去年の秋ごろは良くなる気配があったと思ったのだが、この頃は最初に目覚める時間が早くなり、7時起床してトイレに行くまでに夜中に2回起きることが多くなり、一日中眠くて辛くなった。これまで去年の秋からずっと同じ薬を飲んでいたのだが、主治医に相談したら追加でベタニスという薬を出してくれる。
ここで儂も気合が入った。久しぶりに新しい薬を飲むならもっと詳しい記録を取ろうと決意したのである。すなわち、尿の量を量ることを思いついたのだ。百均で500mlまで量れる軽量カップを買った。

ベタニス錠追加(428日~59)

28日         2:25             5:25

29日      1:50[470]        5:20[425]

30日(12時就寝)1:50[400]    4:10300]       6:40300

1日              3:10360]          6:20250

2日       1:45410]             5:30300

3日    1:00400.30]            4:50400]   7:00160

4日      1:25350]         4:20360      7:00300

5日     1:15400]      3:35340]       6:00230

6日         2:15300]            5:30240

7日      1:25300]            4:45280]   7:00240

8日     1:10340]      3:30310]       6:00210

9日        1:50[ ]                                6:00[?]

 

これがその記録。寝ぼけて量りそこなった時もあるが、これを9日に主治医に見せたら、主治医は思わず「すごいですねえ」と唸って、「この紙を下さい」と言ったのであった。これまで毎回診察の度に記録は見せていたのだが、ちらりと見ただけでちっとも反応しなかったのに「ずいぶん沢山出ていますねえ」とも言っていた。この時、儂は医者に勝ったと思った。「どうだ、見たか。儂みたいな患者もいるんだぞ」と言いたかった。儂は根性と努力することには誰にも負けない自信があるのだ。この記録を見たらベタニスと言う薬が効いていないのも一目瞭然である。
そこで5月10日からはミニリンメルトという薬に変わった。

10日(5月)                  3:10[190]                   6:30[170]
11
日             2:30[190]                         6:20[170]
12
日                            3:05[200]                             7:00[170]

13日                  2:00[?]           6:15[200]

14日飲み忘れ12:25[340]薬飲む            4:00[230    6:35[180]
15
日                                          4:50[ 330]           7:00[170]

16日                                                5:20[270]

17                                               4:00[320]         7:00[200]

18日                                           4:30[340]             700[180]
19
日                                   3:30[230]                    6:40[170]
20
日                        2:30[300]                  6:10[170]
21
日                  2:30[320]                6:20[190] 

22日                                         4:50[350]   (6時起床)

23日                                4:00[300]                 6:45[180]

24日                                                6:10[330]

25日                                       4:30[270]               7:00[90] 
26
日                               3:00[210]              5:35[160]
27
日                  2:05[200]                               6:00[180]

28日                    2:25[250]               5:00[170]          7:00[150]

29日                                   3:45[280]                  6:30[140]

30日                  2:35[240]                           6:20[200]

31日                  2:30[340]                5:20[230]

1日(6月)                  3:50[?]      6:35[160]

2日                     2:40[?]                           6:05[150]

3日                        4:00[250]               7:00[170]

4(飲み忘れ) 0:50[350] 2:15[250]2:45[100]             5:10[340] 7:00[200]

6月4日に飲み忘れてしまった。儂はふとこのまま飲まなかったらどうなるだろうと思って飲まなかった。すると先生、排尿量と排尿回数が増えているのを見て、「わざと飲まなかったお陰で薬が効いていることがわかりましたねえ」と言ったのである。ほんとに「どうだ、エライ患者だろう」と言いたくなったのであった。
さて、これからどうなりますことやら。やっと効き目のありそうな薬に出会ったみたいなのでしばらく根気よく飲み続けてみようと思う。石原慎太郎が夜間頻尿はどんな薬を飲み、どんな具合だったのかを知りたかったのだがもう知るすべがないのは残念である。


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