曽田博久のblog

若い頃はアニメや特撮番組の脚本を執筆。ゲームシナリオ執筆を経て、文庫書下ろし時代小説を執筆するも妻の病気で介護に専念せざるを得ず、出雲に帰郷。介護のかたわら若い頃から書きたかった郷土の戦国武将の物語をこつこつ執筆。このブログの目的はその小説を少しずつ掲載してゆくことですが、ブログに載せるのか、ホームページを作って載せるのか、素人なのでまだどうしたら一番いいのか分かりません。そこでしばらくは自分のブログのスキルを上げるためと本ブログを認知して頂くために、私が描こうとする武将の逸話や、出雲の新旧の風土記、介護や畑の農作業日記、脚本家時代の話や私の師匠であった脚本家とのアンビリーバブルなトンデモ弟子生活などをご紹介してゆきたいと思います。しばらくは愛想のない文字だけのブログが続くと思いますが、よろしくお付き合いください。

2021年05月

出雲市の集団接種は5月22日から始まった。今日5月30日は待ちに待った儂の第一回目のワクチン接種。会場の「夢タウン出雲」に10時45分集合だったが10時半過ぎに到着。
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会場は本館2Fだがぐるりと見回してもどこでやっているのかさっぱり分からない。店員に教えてもらい本館奥へ。45分集合の人が数人待機所で待っていた。
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45分前から受付が始まる。予診票、接種券、免許証をチェックして中で待機。待機しているのは3人ほど。マスクして話はするなと貼紙があるのに、隣の人が話しかけて来たので相手をしていたらすぐに呼ばれて、カーテンの向こうの予診室へ。医師が一人居て予診票をチェックし一分で終了。待つほどもなくすぐ隣のカーテンへ通されて注射。女医さんだった。一応ちくっとしますよと言われたが採血の注射の方が圧倒的に痛い。こんなに痛くない注射は生まれて初めて。
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射ち終わって出て来ると、2回目の予約が教えられる。待機所で15分間の待機。11時7分まで。
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待機所で時計とにらめっこして11時7分になったのですぐに出る。待機所には椅子が15脚あったが10人程度しか座っていなかった。10時45分前から始まって、11時7分に終わったからあっという間だった。
集団接種というからもっと大勢詰めかけて大変なことになっているのではないかと思っていたので肩透かしを食らった気分であった。予診をする先生も一人なら、注射を射つ先生も一人。医師は5人くらいいるのかと思っていたので拍子抜けする。人に聞いた話では、先生は開業医が順番に担当しているのだそうだ。一人しか参加出来ないはずだ。出雲にそんなにたくさんの開業医がいる訳がない。
注射を射つのに一人一分として、一時間に60人ぐらいの接種をしているのではないだろうか。10時45分から11時までに集合した人も15人ぐらいの感じがする。流れ作業でどんどん進むので数えてはいないのだが。月~土が一日3時間、日曜が一日6時間。田舎だとこのペースでいいのかな。この他にも市内には3週間ごとに日曜のみとか毎週日曜のみという会場がある。後は個人接種だ。
この調子では鳥取県を抜くことはもう無理かもしれない。4月頃までは島根県が感染者が全国で一番少なかったのだが、5月はこれまでに月180人以上の感染者が出てとうとう感染者数で鳥取県を追い抜いてしまった。ただ死者数ゼロの記録は守っている。今重症者数が4人になってしまった。何とか死者ゼロの記録だけは続けたいと願っている。
先週の金曜日の集金会で話を聞いたら、隣保では75歳以上で土曜に受ける人が一人、日曜の儂。6月の初めに個人で受けるのが4人ほどで。まだ半数以上が予約もしていない。のんびりしている。
今のところ副反応はない。ただ注射したところが気持ち固くなっていて重い感じがする程度。念のために夕食後のウオーキングは中止した。風呂も入浴していいのだが一日くらい入らなくてもいいので入らないことにしている。

出雲弥生の森博物館で職員リレー講座として「出雲国風土記はどう書き写されたのか――徳川家康から本居宣長・千家俊信まで――」が行われた。コロナ禍でずっと休止になっていた職員のリレー講座の久しぶりの再開である。
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風土記は和同6年(713)に作成が命じられたが、延長5年(925)には太政官符で「中央に集められた風土記が失われたため、諸国の国府にある風土記を進上せよ。もしなければ国内を探し求め再提出せよ」と通達されている。
風土記は中央に提出されて約200年で失われたことになる。925年に再提出された風土記がどうなったのか分からないし、どれだけ集まったのかも分からないが、完本に近い内容で現在残っているのは出雲国風土記の写本だけである。
その写本がどのようにして書き写されて来たかの講義である。
いろいろな写本を系統樹のように見せる講義かと思っていたがどうしてなかなか奥の深い講義であった。

出雲国風土記で年代がはっきりしているのは細川本。肥後熊本の細川家に伝わる写本である。これは慶長2年(1597)に細川幽斎が徳川家康の所持本を書写し、校正した写本である。
細川幽斎の息子忠興は明智光秀の娘ガラシャと結婚している。元細川総理大臣の先祖である。
幽斎は明智光秀との関係が深かったが実に世渡りが上手く、秀吉とも家康とも交誼を結んでいた。
では家康はこの風土記を誰から借りて写したのか。
京都の公家冷泉為満から借りている。有名な冷泉家である。この時、冷泉為満と義兄の山科言経は天皇から勅勘を受けていた。山科言経も有名な資料的価値のある日記を残している。二人は武家方に赦免を求めるために家康に近づき、歓心を得るために古文書や典籍を利用したと思われる。その中に出雲国風土記があったらしい。

次に知られているのは日御碕神社本と呼ばれる写本である。これは出雲の日御碕神社に家康の子で尾張藩主の徳川義直が書写して贈ったものである。
では義直が所持していた写本の来歴はと言うとはっきりしない、奥書がない。
家康が死後蔵書は御三家に分けられたが義直の蔵書に出雲国風土記はない。そもそも家康が所持していた内府御本がどこへ行ったのか分からなくなっている。
ところでこの日御碕神社本は出雲に贈られたのに出雲では広がっていない。後継本は江戸で広がる。

徳川義直が出雲国風土記を日御碕神社に贈った理由。
奥書に「是神国之徴兆也」ある。背景には神儒一致思想があった。日本は神国であり出雲国風土記には儒家神道理想の古代の姿が描かれているとした。

その後、日御碕神社本は林羅山の周辺から伝播する。
榊原忠次(徳川四天王榊原康政の孫)、脇坂安元(賤ケ岳七本槍脇坂安治の次男)、山鹿素行(山鹿流兵学)などへ……。

本居宣長へ伝わる出雲国風土記
明和8年(1771)谷川士清、伊勢の人。塾を開き医業を継ぐ。この人が「佐々木氏本」を書写した。それを宣長が書写した。
「佐々木氏本」は奥書から関祖衡(そこう)と言う人が、日本橋の古本屋街で購入したもの。おそらく林羅山の弟子から流布したものと思われる。

千家俊信と出雲国風土記
出雲国造75代俊勝の三男。大阪で垂加神道を学ぶ。
文化3年(1806)訂正出雲国風土記を刊行。初めて印刷出版した。
天明6年(1786)内山真龍が風土記を調べるために出雲へ来た時に俊信は弟子となり、後に宣長の弟子になる。出雲に国学を広める。

時代によって変わる書写の目的

細川本の時代
秀吉による天下統一がなり、朝鮮出兵の時代だったが国内は太平であった。家康は連日茶の湯や将棋の見物などして過ごしていた。動乱の世が一時的に収まり、短い期間だったが、和歌や古典籍への憧憬が甦った時代であった。

近世前期
日御碕神社本の時代。林羅山の神儒一致思想の時代に引き継がれる。出雲風土記に古代社会の理想を見た。
出雲で当初日御碕神社本が広まらなかったのは、当時出雲はまだ神仏習合の考えが根強く残っていたから。杵築(出雲)大社が仏教支配から脱するのはもう少し後になる。

近世中後期
国学が広がり、古典研究を重視するようになる。儒教や仏教が入る以前の日本を研究しようという姿勢で出雲国風土記に向き合うようになる。

荒っぽくざっくりとまとめたので説明不足の所があると思うが、一冊の本を厳密に写そうとした人々の精神世界や思想的背景に敬意を表さずにはいられない。わしらはただコピーを取るだけだからな。コピペからは何も生まれない。昔の人はただ写しただけでは終わらない。対抗本を持って来て写本とまた校正するのだ。徹底している。それでも誤写や脱字が出る。対抗本にも誤写や脱字がある。それらを校正しながらより正しい本へ迫ろうとする。すごい。

4月30日に去年の7月末から延々9ヶ月にわたって続けて来た頻尿対策をついにやめてしまった。投げ出したと言うか放り出したと言うかはたまたくたびれ果てたと言うべきか。NHKの「ためしてガッテン」が教えてくれた方法は視聴した時は目から鱗と言うか、こんな方法で治るならと、一も二もなく飛びついたのであった。昼間弾性ストッキングを履いているだけで効果があると言うのだからやらない選択はなかった。
執念と根性の人だから毎日ひざ下までのきついストッキングを9ヶ月以上履き続けた。熊本へ行った時も履き続けた。真夏のクソ暑い日も履いた。当初はそれまで夜中に3回起きることが多かったのだが、それが2回になることが増えて来て、効果があると思い込んだのだが、その後、目覚ましい良化は見られなかった。それでももう少しやってみようと自分を励まし、折角ここまでやったのにここでやめたら勿体ないと思い直し、なんとかやって来たのだが4月になってとうとう「ヤーメタ」。
そもそも弾性ストッキングを履くのは血流をよくするためである。歳を取ると血流が悪くなるので弾性ストッキングを履いて血流をよくする。そうすると日中の排尿量が増えるので、夜の排尿量が減ると言う論法である。確かに理屈である。飛びついたのだが、当初から疑問がない訳ではなかった。もともと膀胱の機能が衰えてしまった人には当てはまらないのではないかと思っていたのだが、あの時点ではそれは考えないことにしたのであった。自分の膀胱が衰えているからなんて考えたくないではないか。都合の悪いことには目を瞑ったのである。
いい加減くたびれて来た事もあって、冷静に考え直した。やっぱり、膀胱の機能が衰えているのではないか。そうだとしたら「ためしてガッテン」の物理的療法?は意味がないのではないか。
これから暑くなると弾性ストッキングが辛い事も相まって、医者さんにかかってみようかと思ったのである。
4月30日に市内の泌尿器科に行く。大きくて立派な病院でビックリする。出雲にもこんなすごい病院があったとは。人工透析をやっている病院であった。9ヶ月に亘る夜間頻尿の記録も持参する。プリントアウトしたらA4で9枚もあった。先生も看護士も目を丸くしていた。
検尿して触診して超音波で診る。尿はたまっていなかった。
「タムスロシン」と言う薬を出してもらう。一日一回夕食後に飲む。
先生は尿を出し切ってしまう薬だと言っていた。ネットで調べて見ると、
【尿の出が悪い、残尿感、トイレが近いなどの症状を改善するお薬です。尿道や前立腺の筋肉の強い緊張をやわらげ、尿道内部の圧力を下げる働きがあります。】
と、あった。
効果のほどを確かめるために、性懲りもなくまた記録を取る。


12時過ぎトイレに行って就寝   7時起床してトイレに行く

 

1日(5月)               4:30            7:00
2
日               3:35              6:45
3
日                  4:10            6:55
4
日              3:10           5:45
5
日                   4:30            7:00

6日            2:45                 6:40

7日           2:30                 6:25
8
日                3:30            6:30
9
日          2:00       4:25            7:00
10
日             3:00               6:35
11
日                         5:25
12
日                        5:00       7:00
13
日                3:35           6:15
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日                        5:00
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日                3:35                   6:25 
16
日             3:00              6:10
17
日           2:20               5:45 
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日              3:10            5:40
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日            2:30              5:40
20
日                  3:50              7:00 
21
日            2:40           5:10 
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日                  4:00              7:00
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日                       4:50         7:00

24日              3:05               6:20
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日               3:15             6:00                         
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日              3:05             5:45
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日                           5:20
28
日            2:25               5:45


7:00と記してあるのは、7時に起きてトイレに行きたくてすぐトイレに行ったことを意味している。
何も記してないのは、7時に起きたけれどトイレには行かなかったことを意味している。
そして、今日、一ヶ月検診。この記録を見せる。「これはご丁寧に」と、先生。あまり変わっていないので、薬を変える。「シロドシン」と言う薬で、朝夕飲む。お薬リストを読むと、【尿を排泄しやすくする作用があります。前立腺の肥大に伴う症状(頻尿・残尿感など)を改善する作用があります】とある。改善してほしいものだ。さて、一か月後どうなっているやら。

例年4月末には夏野菜の植え付けをしているのだが、今年は若干遅れて5月の連休に入ってからになる。
5月5日
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3日の午前中に父の3回忌を終えてから苗を買いに出かける。3日は五月晴れだったが、5日から天気が悪くなると言うので、5月4日にトマトやナスなどの夏野菜の苗を一気に植える。天気が悪くなることは分かっていたのだが支柱を立てる時間がなかった。その夜、天気予報通り荒れ狂う。激しい雨風に大げさではなく生きた心地がしない。苗が折れたり吹き飛ばされたりしたら一からやり直しだ。考えただけでうんざりする。
左)5日。トマトは半分なぎ倒されていた。根が千切れそうになったのが一本あったが折れたものはなし。慌てて支柱を立てた。
右)トマトの苗を全部支柱に紐で結びつけた。それにしてもどうしてこんなに強い風が吹くのか。出雲だけなのか。最大風速27.5m。島根県のこれまでの5月の最大風速の記録を追い抜いたそうだ。
根が傷んでいたトマトもその後持ち直した。
トマトは瑞栄(大型)4本、桃太郎ゴールド(黄色い大型)1本、濃蜜フラガールオランジェ(ミニトマトよりは大きい新品種)3本を植える。畝が3分の1余ったので、去年食べて美味かったサラダ甘長の苗を6本も植える。
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左)4日に植えたナスも風になぎ倒される。
右)左の畝がナスで右は新品種のパブリカやピーマンなど。
ナスはPC筑陽長ナス2本、水ナス美男2本(生でも食べられるし糠漬け用)、縞むらさき2本、とろり旨なす2本(白ナス)、とろとろステーキなす2本。倒れているのがとろり旨なす。
右の畝には手前からフルーツパプリカ・セニョールレッド3本。生でも食べられるそうだ。紫唐辛子3本。煮て食べると美味しいらしい。ぷちピー(ミニフルーツピーマン)4本。これも生で食べられるそうだ。
今年も「田中種苗」。珍しいものや、新品種と聞くと後先考えずに買ってしまい、会計で青くなる。これらにも支柱を立てて紐で結びつける。

5月6日                5月9日
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左)今年も鴨の番がやって来る。枯れて腐ったホテイアオイを食べに来るのだ。だいぶ人に慣れてわしが畑をうろうろしていても昔みたいにすぐに逃げなくなった。池に来るようになって4年は経っている。
右)坊ちゃんカボチャを植えるために、穴を掘って牛糞堆肥をぶち込む。この上に数センチの厚さに土を敷き、その上に苗を植える予定。

5月10日
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左)空豆。鞘が空を向いてるのはまだ食べられない。
右)鞘がお辞儀をしたら食べられる合図。

5月13日                5月14日
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左)薩摩芋紅はるかを20本、大根を植えた後に植え付ける。苗を水平植えや斜め植えにすると土が流れたり、すぐに土が乾いたりして苗がうまくついてくれないことがあったので、今年は苗を垂直に植える。2年前にも垂直に植えたことがあって(父が亡くなり畑を休んでいたら近所の人に芋ぐらい簡単だから植えたらと言われ垂直植えをした)その時は肥料もやらないのに残留肥料だけでいい芋が出来た。
厄介なのは垂直に植えると芋が深い所に出来るので掘るのが結構大変だったこと。そこで今回は思い切って高畝を作った。畝にもたっぷりと水をやっておく。根つきはすこぶるよろし。去年は半分くらい枯れたが今年は一本も枯れないだろう。
右)じゃが芋は悲惨なことになりつつある。
右の畝はインカのめざめと男爵を植えたのだが、インカのめざめが変色し始めたかと思うととうとう枯れてしまった。はじめは何かの病気かと思ったが病気ならすぐに隣の男爵にうつってもいいのにその気配もない。つらつら原因を考え、はたと思い当たる。多分、有機肥料のやりすぎだと思う。ここに初めからじゃが芋を植える予定はしていなかったので、いい土を作ろうと思って枯れ葉と切り藁の堆肥やバーク堆肥や牛糞堆肥などをどっさり放り込んだのである。じゃが芋はもともとアンデスのやせ地に育ったものだから有機肥料には弱いのだ。むしろ肥料など与える必要はなく、種芋の養分だけで成長するものなのである。教科書ではそう教えられても不安でついつい肥料をやってしまうのだが今回ばかりは大失敗したようだ。堆肥を抛り込んでいる時、「いいのかなあ、こんなに堆肥を入れて」と思っていたんだよなあ。男爵やとよか、アンデスレッドにも影響が出ないか心配。全体的に葉っぱの勢いが例年ほどよくない。

5月14日
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空豆を収穫するも小さい小さい。スープに入れて食べるぐらいしか使いようがなかった。こっちはじゃが芋とは逆で肥料不足。空豆は肥料食いで年が明けたら毎月しっかり追肥をやらないといけないのだがころっと忘れていて2ヶ月ぐらい放りっぱなしにしていた。久しぶりに作ってみたら何とか出来そうなので来年はきちんと肥料をやって作ってみよう。

5月15日
中国地方に梅雨入りが宣言された。記録を取り始めてから2番目に早い梅雨入りだとか。梅雨入りが早くても梅雨明けが早い訳ではないそうだ。となると、2ヶ月ぐらい梅雨が続くことになる。夏野菜にいい影響がある訳がない。気分は早くもどんよりしている。

5月16日                                                          5月19日 
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左)今年も坊ちゃんカボチャを植える。美味しそうなカボチャはいくらもあるのだがみな2㎏以上ある。坊ちゃんカボチャは500gぐらいなもの。2㎏もあるカボチャは食いきれないし送るのも大変なのでどうしても坊ちゃんになってしまう。
斜めに短い支柱が立ててあるのは強風で苗が振り回されるのを防ぐため。畑先生に教えて貰った。紐で縛る必要もないので楽でいい。
右)カボチャ畑の全景。
これで夏野菜は終わり。葉物を作ったり、ねぎを植えたりしている人もいるが、食べきれないものに労力を費やしたくないのでこれで十分である。
夏野菜の植え付けがやっと終了したが、今週末は忙しいぞ。
28日(金)が泌尿器科の一ヶ月検診。29日(土)が弥生の森博物館の「出雲国風土記はどう書き写されたか」の講演。30(日)がいよいよワクチン接種。ダービーもある。

なんだかんだと忙しくて畑のブログを書くのをさぼっている間に春の畑は終わり、夏野菜の植え付けも終ってしまった。遅まきながらご報告を。
3月22日
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マルチ栽培のじゃが芋。アンデスレッドが芽を出すのが早かった。
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手前から空豆、スナックエンドウやスジナシさやえんどうなどの豆類、その向こうの春キャベツはきれいに食べつくした。毎日毎日青虫みたいにキャベツばかり食っていた。その向こうは新玉ねぎ。新玉ねぎが出来てからは毎日毎日新玉ねぎばかり食っていた。さすがに飽きるが食わないと勿体ない。
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これはスナックエンドウの花。
4月8日
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池で育ったギンヤンマのこの春の第一号の抜け殻。池から上がって2mぐらい離れたカーポートのブロックによじ登っていた。この春も10匹ぐらいは羽化したのではないだろうか。
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今年のイチゴの第一号。イチゴはあっという間に終わる。食いきれないイチゴや小さいイチゴは冷凍して妹に送ってやる。ジュースにしているらしい。
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鳥に食われるので大急ぎでネットを張る。真ん中の背が高いのがニンニク。
4月18日
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上の写真が7、8年使った耕運機。朝から今日は畑を起こす日と決めていたのだが、レバーを引いてもうんともすんとも言わない。部品が欠落してレバーが馬鹿になっていた。面会に行く日や古文書、風土記の講義、天候なども考慮してスケジュールを組んでいるので、急な変更はとても困る。今日、畑を耕さないと植え付けのスケジュールなども作り直さないといけない。何が何でも今日の内に予定通りにやってしまおうとナフコにすっ飛んで行く。朝の8時半からでもナフコはやっている。さすがは田舎のホームセンターである。お百姓さん相手だから朝も早い。行ったら耕運機の現物は2台しか置いてない。20数万と7万円くらいの2台。これまで使っていた耕運機も中古を6万円ぐらいで買ったので即安いのを買う。だが展示品で色々調整しないといけないので渡すのは明日になると言われる。泣く泣く翌日朝一に取りに行く。これまでは電気で充電するバッテリー式を使っていたが、これはオーソドックスなガソリンエンジン式。オイルはナフコで買ったがガソリンは買いに行かないといけない。いつも行っているセルフの店に行って、店員にガソリンを売ってくれて頼んだら、セルフでは売れないと言う。溜息が出る。別な店でガソリンを購入。オイルを入れて、ガソリンを入れて、説明書を読んで、正確を期すためにご近所さんを呼んで教わる。ご近所さん、曰く。
「ガソリンなんて、俺、セルフの店で勝手に買ってるよ」
「ガソリン、勝手に買うのはダメでしょう」
「大丈夫だよ、ずっとそうしてるよ」
恐れ入りましたである。
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かくして始動。バリバリバリと凄いパワーで突き進んで行くではないか。バッテリー式とはパワーがまるで違う。値段も大きさも回転する爪の直径もほぼ同じなのに威力は倍以上あるような気がした。ガソリンやオイルを入れるのが面倒くさそうなのでバッテリー式を買ったのを後悔する。掘り返した後も土がふわふわである。ここにナスなどの夏野菜を作る。
4月22日
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このあたりからイチゴが最盛期に入る。これはまだ少ない方。去年の苗を増やした苗から作ったものだから、春の畑で一番安上がりなのがこのイチゴ。元手はただである。大小あっても文句は言えない。
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すじなしのえんどうもでき始める。これはすじを取らなくても食べられると言う新商品。へたのある所だけを鋏でちょん切ってしまえばいいから手間が省けるのだがわしはどうやって食べたらいいのかわからないので全部人にあげた。
4月28日
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今年もAmazonでホテイアオイを買った。大きいホテイアオイは始末に困るのでミニのホテイアオイである。池に放り込んでおくと2ヶ月もしたら池を覆いつくし水を浄化してくれる。メダカも喜ぶ。
以上4月までの畑。夏野菜は近日中に報告。

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