曽田博久のblog

若い頃はアニメや特撮番組の脚本を執筆。ゲームシナリオ執筆を経て、文庫書下ろし時代小説を執筆するも妻の病気で介護に専念せざるを得ず、出雲に帰郷。介護のかたわら若い頃から書きたかった郷土の戦国武将の物語をこつこつ執筆。このブログの目的はその小説を少しずつ掲載してゆくことですが、ブログに載せるのか、ホームページを作って載せるのか、素人なのでまだどうしたら一番いいのか分かりません。そこでしばらくは自分のブログのスキルを上げるためと本ブログを認知して頂くために、私が描こうとする武将の逸話や、出雲の新旧の風土記、介護や畑の農作業日記、脚本家時代の話や私の師匠であった脚本家とのアンビリーバブルなトンデモ弟子生活などをご紹介してゆきたいと思います。しばらくは愛想のない文字だけのブログが続くと思いますが、よろしくお付き合いください。

2021年01月

第四章 初陣(9

 

 石童丸も辰敬の顔を覗き込み、

「おお、わぬしは。誰かと思うたら。立派過ぎて分からんやった。ええ、具足をつけとるやないか」

 値踏みするように見回すと、

「さては、初陣か」

 石童丸はにたりと唇を舐めた。

「首、貰うで」

 ぞくっとするような声だった。

「そげなこと言うとる場合か。もう、わぬしらは負けじゃ。わぬしこそ、早う逃げた方が身のためぞ」

「ぬかせ。やっと侍になれたんじゃ。右馬頭(うまのすけ)様の家来になれたんじゃ」

 右馬頭とは細川政賢のことである。高国によって細川典厩家の主の座を追われたとは言え、細川一族の名門である。その家来と胸を張るが、石童丸は素足で塗りも剥げ落ちたぼろぼろの胴丸一つ。頭には鉢金も着けず、布切れを巻きつけているだけであった。一揆の百姓の方がもっとましな姿をしている。金で雇われた傭兵にしか見えなかった。

「手柄を挙げて出世するんや」

「右馬頭も逃げたのを知らんのか」

「やかましい」

 刀を低く構え、じりじりと迫って来る。

 辰敬は必死に説得した。

「負けたんじゃ。これ以上戦っても無駄じゃ」

「臆したか」

咆えながら石童丸は斬りつけて来た。

「侍になるんや」

 狂ったように真っ向から斬りつけて来た。

 咄嗟に辰敬は刀で頭を守った。がしっと衝撃が走り、手が痺れた。すぐ目の上に石童丸の目と刃があった。石童丸は刃に全体重を掛けてぐいぐいと押し込んで来た。辰敬の刃が悲鳴を上げた。今にも折れそうだった。押し倒された瞬間、恐怖から逃げるように辰敬は転がった。石童丸の刃が滑り落ちた。

その隙に辰敬は起き上がり態勢を立て直そうとしたが、間髪を入れず石童丸の刃が襲って来た。辰敬は防戦一方に追い込まれた。 初陣を半ば戦場体験の場と教えられた者が、最底辺の河原から抜け出そうと命を賭けている者と戦って勝てる訳がない。

 がしっがしっと石童丸の刃を受け止める 度に命が縮む心地がした。辰敬の打刀は出雲の鋼を鍛えた業物だ。石童丸の数打ちの打刀とは比べ物にならない優れもののはずなのに、どちらが数打ちの安物か分からぬくらいぼろぼろに刃こぼれしささらと化していた。

やみくもに振り回した辰敬の刀に鈍い衝撃が走った。木の根にぶつけてしまったのだ。刀身は鍔元からぐにゃりと曲がっていた。

 石童丸は勝ち誇ったように嘲ると打刀を腰だめに構えた。ぼろぼろの刀身では最早斬るは敵わず。止めは刺すと決めたのだ。地獄の赤鬼が舌舐めずりした。辰敬は観念した。こんな初陣になるとは。こんなはずではなかったのに。赤鬼が真っ赤な口を開けて吼えた。

「死ねっ」

 十七歳でこんな死に方をするのか。絶望の淵に沈んだ時、

「だらあっ」

 辰敬は幻聴を聞いた。天空から雷鳴のように、その声が轟いたような気がしたのだ。刹那、黒い塊が目の前を過ったかと思うと、赤鬼が絶叫して消えた。

黒い塊は人だった。辰敬の前にあったのは懐かしいあのずんぐりした後ろ姿だった。幻聴ではなかったのだ。助かったのだ。あの人が来てくれたのだ。東国へ下り、都にはいないはずの人が。奇跡だ。これが奇跡と言わずに何と言えよう。

が、あの人にしては奇妙ななりをしていた。色褪せた墨染めの衣を纏い、左手には数珠、右手にはむき身の小太刀を握っている。

僧衣で数珠を持っているのだから、坊主なのだろうが、剃髪はしていない。ぼさぼさの短い髪で、刀を握っているとなると、本当に坊主なのかどうかも判断に迷う。

一体何者だろう。本当にあの人だろうかと疑念が浮かんだ時、墨染めの衣が振り返った。

「多聞さん」

 思わず声が出ていた。やっぱり多聞だった。 世話を焼かせる辰敬をいつも見つめていたしかめっ面がそこにあり、怒ったような、怖いような、近づきがたい、でも無性に懐かしい目があった。だが、奇跡とも言うべき再会の感激に浸る間もなく、

「くそおっ」

 赤鬼が刀を構えて突っ込んで来た。

 多聞ははっと振り返ると、

「死にたいか」

 吐き捨て、小太刀を振り被った。

「殺すな」

 咄嗟に辰敬は叫んでいた。

 一瞬、多聞が戸惑った。

「殺さんでくれ」

 多聞はかろうじて赤鬼を交わすと怪訝な顔を向けた。僧衣の片袖が切裂かれていた。

「石童丸じゃ。四条河原の」

 多聞はまじまじと返り血に染まった顔を覗き込んだ。石童丸も多聞に気が付いたようだ。

「わぬしは……」

 憤怒の形相でよろよろと起き上がると、ささらになった打刀を狂ったように振り回した。 さしもの多聞もあしらいかね、

「くそ餓鬼が」

 我慢も限界に達した。

「やめろ、二人ともやめろ。もう人が死ぬのは見たくないんじゃ」

 無我夢中で辰敬が叫んだ。

 次の瞬間、石童丸の断末魔の悲鳴が上がった。どさっと倒れた石童丸は喚き叫びながら足を抱え七転八倒していた。その太腿には小太刀が突き立っていた。

「死ぬのがどう言うことか、身を以て知るがいい」

 恐ろしいほど冷ややかな声だった。

「くそおっ……」

 石童丸は小太刀を引き抜いた。血が噴き出した。石童丸は頭に巻いていた布切れで傷口を縛ったが、薄汚れた布切れはみるみる赤く染まった。が、歯を食い縛って起き上がると、石童丸は瀕死の野獣さながら片足を引きずりながら繁みに逃げ込んだ。

心配そうに見送る辰敬に向かって、多聞はふんと鼻で笑って見せた。

「死ぬような奴ではあるまい」

 その顔は、(どうだ、これなら文句なかろう)と言っていた。

「だんだん」

 辰敬は小さく首を垂れた。すると小さなため息が返って来た。相変わらず世話を焼かせ続ける厄介者の辰敬に呆れているのだ。

辰敬は改めて多聞を見つめた。二年ぶりに遭った多聞は荒んで見えた。乞食坊主のようななりをしているからそう見えたのだろうか。

「多聞さんは坊さんになったのか」

 多聞が苦笑した。

「だらずを言うな。ちょうど都へ戻って来た時、この騒ぎじゃ。聞けば、わぬしが初陣じゃと言う」

 ちらりと辰敬の目を覗き込み、

「ほっとけんじゃろう」

 辰敬がはっと見返すと多聞はぷいとそっぽを向いた。

「あの世で御屋形様に会ってもなあ、まだ来るのは早いと叱られるにきまっちょるけんのう。わしもわぬしには世話になったけん。従軍僧に化けて船岡山に入り込んだのじゃ」

 従軍僧とは負傷者や戦死者の世話をする僧である。古来、時宗の僧侶が戦場に入り込み、敵味方の区別なく手当てし、弔ったりしたことがその始まりである。今では必ず僧侶が従軍する。

 多聞は頭を剃る暇もなく、短く削ぎ落し、俄か坊主になっていたのだ。その横顔に辰敬はじんと胸が熱くなった。厳しいが心優しい男であることは分かっていた。でも、辰敬のためにここまでやってくれるとは。多聞が来てくれなければ殺されていた。

(多聞さんはどうして戻って来たのだろう)二年前、多聞とすえを見送った時、もう二度と会うことはないと思ったのに。

(伊豆で何があったのだろう)

「辰敬さまあ~」

 はっと振り返ると、繁みの間からこちらに向かって来る人影が見えた。多聞はくるりと踵を返した。

「多聞さん」

 多聞は振り向きもせず繁みの中に消えた。

 入れ替わるように、三郎助達数人の郎党が駆けつけて来た。百足丸もいた。

「辰敬様、よくぞ御無事で」

「大社さんのお蔭じゃ」

 杵築の民はよきことがあれば何事につけて(大社さんのお陰)と言う。多聞のことは黙っていた。

三郎助は涙を流さんばかりに感激した。

百足丸が振り返り大声で叫んだ。

「辰敬様を見つけたぞ。御無事じゃ」

 庄兵衛達も駆けつけて来た。無事を喜ぶ暇もなく、多胡家の一党は船岡山を駆け下りた。生喰は行き方知らずになってしまったので、辰敬は三郎助の乗馬を与えられた。

戦いは船岡山の麓の紫野から、さらに南の上京の一条辺りに移っていた。見渡す限り死体が転がっていて、辰敬達は死体をかき分けるように進んだ。南から一際大きな勝鬨が上がった。

「右馬頭自刃」

 の声が津波のように伝わって来た。細川政賢が腹を切ったのだ。細川政賢は小川第の澄元に合流するために、船岡山を脱出したのだが、激しい追撃から逃れることが出来ず、羅漢橋(小川橋)まで来たところで無念腹を切ったのであった。

 細川澄元はその前に亡き義澄の遺児を伴ない。摂津に落ちていた。今宮林で捕縛された遊佐順盛は翌日腹を切らされた。戦場となった一帯には数千もの死体が横たわり、澄元方の主だった者達はことごとく討ち取られたと言う。澄元方は完膚無き大敗北を喫したのであった。

 

 その夜、辰敬の姿は戦勝に酔い痴れる宴の中にはなかった。宿所となった寺の、暗い板の間の一隅でうなされていたのである。鎧装束は脱ぎ捨て、鎧直垂のまま輾転反側していた。全身水を浴びたようにぐっしょりと汗に濡れ、うんうん唸りながらのたうつ様は、瀕死の巨大な芋虫だった。

 辰敬は夢を見ていた。

そこは船岡山だった。辰敬は亡霊となった澄元方の兵に追われていた。重い鎧に喘ぎながら必死に逃げる辰敬を、血まみれの幽鬼のような兵は槍や長巻を手にどこまでも追って来る。

 船岡山は赤い色絵具を流したように血に覆われていた。足が滑り前に進むことが出来ない。何度も倒れ最早これまでかと観念した時、辰敬の目の前に血に濡れた草の間からぬっと手が現れた。

 辰敬は思わず掴まり、起き上がろうとした途端、後ろに引っ繰り返った。握っていたのは肘から下を斬られた腕だったのである。 辰敬はわっと叫んで切断された腕を抛り出し、転がるように逃げ出した。

 すると、周囲から一斉にざわざわと音が迫って来ると、血に染まった草むらから無数の手首が出現した。みな、肘から下を切断された腕だ。その指が蟹の脚のように動いて、辰敬に迫って来る。

辰敬は無我夢中で逃げたが、あらたに足が仲間に加わった。膝から下を切断された足が何十本も、腕と一緒になって追って来るのだ。

 辰敬は必死に走った。笑い声が聞こえた。 はっと声のする方を見ると、船岡山の樹木に無数の生首がぶら下がっていた。その生首達が大きな口を開けて、逃げる辰敬を笑っているのだ。わんわんと響き合う笑い声から逃げるように向きを変えると、辰敬の前に河原が広がっていた。

 三途の川だった。真っ赤な目をした老婆が現れると辰敬の行く手に立ちはだかった。(だつ)()(ばばあ)だ。三途の川の渡し賃を持たぬ者から衣服を奪い取る地獄の老婆である。脱衣婆は長い白髪を振り乱し、辰敬に襲いかかって来た。 辰敬はたちまち鎧装束を剥ぎ取られ、その下の鎧直垂までも剥ぎ取れようとした。辰敬は必死に振り払ったが直垂は破れ半裸に剥かれた。辰敬は三途の川に逃げ込むしかなかった。見ると中州がある。

辰敬は中州に向かって泳いだ。水車のように腕を回し水しぶきを上げて泳いだ。息が苦しくなり、顔を上げ目を開けた。すると、不意に辺りが明るくなった。流れが青々と澄んだ水に変わり辺りの光景も一変した。

鴨川であった。辰敬は鴨の流れに立っていたのである。流れも膝までしかない。水はひんやりと気持ちよく、魚がきらりと光った。空は晴れ、土手は若草に萌える、春の鴨川だった。助かったのだ。 辰敬は大の字になると仰向けに倒れた。ざぶんと大きな水しぶきが上がった。無数の水滴が春の光にきらきらと輝きながら舞うように落ちて来る。その光の粒を顔いっぱいに受けていると、どこからか笑い声が聞こえて来た。辰敬は起き上がったがどこにも人影はなかった。

 笑い声は川の中から聞こえて来る。辰敬は目の前の岩を凝然と見つめた。笑い声は確かに岩から聞こえて来るのだ。聞いたことのある声だった。

辰敬は後退(あとじさ)った。すると、岩肌がむくむくと動き始め、盛り上がった岩角が鼻となり、穴が開いて目や口となり、みるみる人の顔になると、それは石童丸の血まみれの顔であった。ぐわっと石童丸は口を開けた。

 同時に一瞬にして、辺りはまた三途の川に戻った。血のように赤い流れに腰まで浸かり、辰敬は大きな石童丸の顔と向き合っていた。

「侍になるんや……侍になるんや……」

 身の毛のよだつような声に、辰敬は思わず逃げ出していた。その首に何かが巻きついた。 石童丸の舌だった。石童丸は帯のように長い舌を繰り出し、辰敬を巻き取ろうとしていた。 辰敬は振りほどこうともがいたが、ぐいぐい首を絞められ気が遠くなると、流れに引きずり込まれそうになった。

「辰敬……辰敬……」

 辰敬を呼ぶ声がする。朦朧と霞んだ目に浮かんだのは御屋形様の姿だった。御屋形様が向こう岸から手招きしていた。

「御屋形様」

 辰敬は足を踏ん張った。長い舌に首を絞められながらも、御屋形様めがけ、最後の力を振り絞ってもがいた。ようやく御屋形様の優しい顔の目尻の皺まで見えるところまで来た時、御屋形様の後ろに鎧武者が出現した。

伊予様、尼子経久だった。伊予様は大太刀を抜き放つと高々と振り被り一気に振り下ろした。御屋形様の首が宙に飛んだ。

「御屋形様……」

 と叫んだ辰敬の目の前に飛んで来たのは、なぜか庄兵衛の首にすり替わっていた。

「わっ」

 辰敬は思わず手で振り払った。ばしっと音がして庄兵衛の顔が歪んだ。辰敬の手はじーんと痺れていた。よく見ると庄兵衛の首はつながっているではないか。庄兵衛は仰向けに寝ている辰敬の顔を見下ろしていたのだ。

 辰敬は自分が横たわっているこの薄暗い板の間が寺の中であることにようやく気が付いた。辰敬が最後に覚えているのは尼子勢が宿所となった寺に入ったところまでであった。その時、辰敬は馬上にあり、不意に意識が遠のくと景色がくるりと一回転したのであった。その後のことは何も覚えていない。思うに気を失って落馬しこの部屋に運び込まれたのであろう。そして、悪夢を見ていたのだ。庄兵衛が微笑んだ。

「ようけ寝なすった。これだけ寝れば、もう大丈夫じゃけん」

 その言葉に辰敬は不安を覚え、おそるおそる問うた。

「どれくらい寝とったんじゃろ」

 庄兵衛はにたっと笑った。

「三日三晩でござる」

 辰敬は茫然と呟いた。

「そげに……」

 信じられなかった。尋常ではない。悪夢が甦った。あの恐ろしい夢を三日と三晩も見続けていたと言うのか。急に寒気を覚えた。ぶるんと痙攣したように身体が震えた。

 辰敬はぐっしょりと汗をかいていた。その汗を吸い込み、べったりと肌に張り付いた鎧直垂が冷たかった。こんなにひどい汗をかくほど、あの恐ろしい夢にうなされ続けていたのだ。おぞましい悪夢の断片が甦った。また不安に襲われた。きっとひどくうなされていたに違いない。どれだけ情けない姿を晒したことか。辰敬は恥ずかしさに目を伏せた。庄兵衛が笑った。

「誰も同じでございますよ。某も初陣の後は辰敬様と同じようにうなされたものでございます」

「庄兵衛もか……」

 思わず庄兵衛を見返した。深く刻まれた皺が優しく語りかけた。

「初陣を果たした日の夜に、ぐっすり眠れる者など誰一人としておりゃあせんです」

 辰敬は少し救われた気がした。その時、ふと庄兵衛が振り返ると板戸の陰に三郎助が立っていた。

「おう、三郎助」

 庄兵衛が声を掛けた。

「わぬしの初陣はどうじゃった」

 三郎助は頭をかきながら入って来ると辰敬の前にどかっと座った。おもむろにその日を思い出すかのように語り出したが、これまで見たこともない真顔だった。

「某は十四歳で初陣じゃった。今でも十四は早過ぎたと思うちょります。想像しちょったのと、本物の戦場はまるで違うちょった。寝込んだのは二日ほどじゃったが、その後、一か月ほど呆けておりましたけん。皆、気が触れたのではないかと心配したほどじゃった」

 庄兵衛がほれ見ろと言う顔をした。

「三郎助ほどの男でもその有様じゃけん。初陣とはそれくらい過酷なものでござる。じゃが、それは皆、通って行く道でござる。二度、三度と戦場を経験して行くうちに慣れて行き、一人前の武士となるのです」

 庄兵衛も三郎助も同じだったと知ったのは確かに救いにはなったが、その過酷な戦場にもやがて慣れて行くと言う庄兵衛の言葉は、心の襞に張り付いて剥がれることはなかった。

(皆、慣れると言うが、我はあの地獄のような戦場に本当に慣れるのじゃろうか。目を射抜かれた兵士や、腹を裂かれ剥き出しの(はらわた)を抱えてのたうつ兵士を見ても平気でいられるようになるのだろうか。首のない死体や切断された手首を蹴飛ばしてもなんとも思わない武士になるのだろうか)

 辰敬は自分の突き出した槍が敵に突き刺さる光景を想像したくなかった。ましてや首を取るなど、その場面を想像しただけで吐き気を催した。

 十四歳だった三郎助は一月呆けていたと言ったが、十七歳の辰敬にしてもすぐには立ち直れそうになかった。首のない死体やのたうち回る兵士の姿に苛まれる日々が続くことだろうと、暗澹たる思いであったが、幸か不幸か次郎松がそんな状況から辰敬を救い上げてくれた。

 辰敬が我に返った後、家中以外の人間で最初に顔を見せたのは次郎松だった。次郎松は辰敬の許に三日間通い続けていたのだ。

「やっぱりお守りのお蔭や。守ってくれはったんやなあ」

 と喜ぶ次郎松の顔を見た途端、辰敬の胸一杯にいちへの想いが溢れ、辰敬にのしかかっていた苦しみも一瞬にして生きている喜びに変わった。

(ああ、生きていて良かった)

 辰敬はこの時ほど生きてあることの喜びを感じたことはなかった。すぐにもいちに知らせなければ。無事に生還したことを。

いちも案じているに違いない。あのような歌を贈ったのだから。いちはあの歌を読んで何と思ったのだろう。どんな顔をしたのだろう。何か言ったのだろうか。聞きたいことは山ほどあった。

 ところで、次郎松は辰敬の無事を伝えてくれたのだろうか。次郎松のことだ、抜かりはあるまいと思ったが、次郎松は表情を曇らせた。

「いちはんのことやろ。実はそのことなんやけどなあ、会えへんのや」

 辰敬が怪訝な顔をすると次郎松は慌てて言い直した。

「いや、歌は届けたのや。別荘に忍び込んで、いちはんに手渡したのや。せやけど、別荘は戦の前で人の出入りが多くて、すぐに返事はもらえんかったのや。翌日に来てくれと言わはったから、行ったんやけど、別荘はもぬけの殻やった」

 次郎松は眉を顰めた。

「どこかへ移されたんや。辰敬はんが贈った歌が、土倉の狒々爺に見つかってしもうたらしいのや」

 と、まるで自分の所為のように肩をすぼめた。

 最後にたった一つ残っていた心の灯が消えた。辰敬は体が奈落の底の漆黒に吸い込まれて行くのを感じていた。現実はどうしてこうも意地悪なのだろう。会えないのは分かっていた。せめて歌だけでも返って来ることを願っていたのに。ただただいちの返歌を抱き締めたかっただけなのに。それすらも叶わぬとは。

「気を落とさんといてえな。必ず見つけて、辰敬はんの無事を伝えたる。返歌も貰って来たるよって」

そう言われると余計にいちの身が案じられるのであった。狒々爺の嫉妬に苦しめられているのではないかと思うと、胸が張り裂けそうだった。心の戦傷を忘れたのは一時のことで新たな傷が加わっただけであった。

 

 九月八日になって、高雄に在陣していた義尹が帰洛し妙本寺に入った。細川高国は三千の兵を率い、大内義興は八千の兵を率いて将軍を供奉した。

 摂津へ逃げた細川澄元と三好之長は海を渡って阿波へ引き上げた。前将軍義澄の遺児を伴なっていたが、遺児を押し立てて反攻するだけの力は完全に失っていた。

都に平和が戻った。不意に訪れた平穏な都を人々は別世界に放り込まれたかのように見回した。余りにも長い間争いが続いたので、誰もこんな日が来るとは想像もしていなかったのである。が、人々はこの平和に確かな手応えを感じ、今度こそ長く続きそうだと喜んだ。

石見や出雲の諸将も大内義興に帰国を願い出ると、次々と引き上げて行った。尼子経久も出雲を完全に掌握していた訳ではない。領国支配に不安を抱えていたから帰心矢の如しであった。帰国が決まるや、尼子の宿所は帰国準備で大わらわとなった。

辰敬も当然帰国するのだが、身一つで京極邸を出て来たので、何もすることがないのを幸いに、ぼんやりと呆けていた。

そこへ、次郎松が訪ねて来たので、辰敬はごった返す宿所をそっと抜け出した。

「いちはん、本宅に連れ戻されて閉じ込められているそうや」

 明日にも都を離れる者にとっては、今更分かったところで詮無いだけであった。

「すぐには無理やけど、いつか必ず辰敬はんが無事に出雲に帰ったことを伝えたる」

 無言の辰敬を気遣うように、次郎松はさらに励ました。

「いちはんから返歌をもろたる。必ず、出雲の辰敬はんに送ったる」

 辰敬は小さく頷いた。ほっと次郎松は笑みを浮かべた。そして、そっと上目遣いに辰敬の顔を窺うとおずおずと切り出した。

「あの、なあ、御願いがあるのやけど」

 辰敬が怪訝な顔を向けると、

「お守り、返してほしいのやけど」

「ああ」

 辰敬はすっかり忘れていた。

「あれは、ない」

「へえ」

 次郎松は素っ頓狂な声を上げた。

 出陣前に内懐に収めたのだが、戦いが終わって、戦装束を解いた時には、どこにも見当たらなかったのであった。そう説明すると、次郎松はみるみる悲しそうな顔をした。しょげ返った様子が余りにも可哀そうだったので、

「もう一度書いてやろうか」

 ぱっと次郎松の顔が輝いた。

「ほんまか。おおきに、おおきに、辰敬はん」

 宿所にとって返し、人目を盗んでさらさらと認めると、紙片を次郎松に渡した。次郎松は何度も額に押し当てて感謝した。辰敬は京極邸に置いて来た私物もすべて次郎松に譲ることにした。次郎松の喜ぶまいことか。売り飛ばして、博打の種銭にするのは目に見えているが、辰敬はそれでもいいと思った。

 次郎松は改めて別れを告げた。

「一生のお別れやな。二度と会うことはないやろう。辰敬はん、出世しなはれ。一国一城の主になるんやで」

 辰敬は困ったような笑みを浮かべるしかなかった。

 

 見慣れた都の景色が流れて行くのを、辰敬は夢幻(ゆめまぼろし)のごとく眺めていた。馬上に揺られながら、胸に去来するのは、

(こんな日が来るとは……こんな形で都を後にするとは……)

 との感慨であった。

 尼子勢は大路に出た。二条大路と知った時、辰敬の胸は悲鳴を上げた。このまま西へ進めば、土倉泉覚坊に至る。いちが閉じ込められている土倉の前を通り過ぎて行くことになるのだ。

 見物の群衆はもはや辰敬の目には入らなかった。心ここにあらず、何も見たくなかったのだが、馬上の視界は広く、否が応でも霞む家並が映じていた。

 右手前方にきらりと光るものがあった。 二階家の屋根であった。磨き抜かれた板葺の屋根が朝陽を浴びて煌めいている。うだつを上げた一際高いその屋根こそ、土倉泉覚坊の屋根であった。辰敬の胸が締め付けられた。まるで万力でぎりぎりと押し潰されるかのように。

 角地を占める泉覚坊の奥には、大きな質蔵が何棟も並び、本宅の屋根が聳えていた。隊列は泉覚坊に差し掛かった。

 辰敬は思わず背筋を伸ばし、これが見納めと眉を上げた。あの屋根の下にいちがいるのだ。今、辰敬が通り過ぎるのを知っているのだろうか。辰敬は心の中で、胸が張り裂けんばかりに叫んだ。

(さらば、いち。

素晴らしいおなご。

だんだん。

我は田舎に戻り武士になるけん。

平気で人殺しをする武士になるけん。

首を掻き切る武士になるけん)

 噴き出す涙を懸命にこらえた


12月12
日                       4:40
13
日                               6:00
14
日                 2:20             6:35
15
日                      3:40
16
日                             5:30
17
日                  2:50          5:40
18
日熊本            1:40
19
日博多                    3:30
20
日                  2:30
21
日奇跡の一夜

22日                           4:55
23
日                  2:30            6:10

24日                        4:00       6:35
25
日                               5:50
26
日                      3:20
27
日                          4:20
28
日                                6:05

29日                       3:40      5:45
30
日                   2:50      4:50

31日                       3:45
1月1日(5:30起床)
        1:40         4:05
2
日(6:15起床)            2:00
3
日(5:30起床)                     4:05
4
日                      3:15
5
日                  2:00          5:20
6
日                         4:00
7
日                  2:00      4:30
8
日                    2:40          5:45
9
日                         3:50       6:50
10
日                      3:10          6:50
11
日                                                     5:10
12
日             1:05                 5:40

13日                               5:25

14日                          4:25

15日                      3:00         6:10

16日                    2:30          5:35

17日               1:30              5:05
18
日                           4:30

19日                           4:30

20日                        3:40         6:40

21日                            4:50

22日                          4:00

23日                                5:00

24日                    2:10           5:25

25日                1:35                 6:20

26日                     2:45           5:45


随分データーを貯め込んだが、奇跡が起きたのが去年の12月21日。7時に起床するまで一回もトイレに立たなかった。思わず頬っぺたをつねった。寝ぼけて記録を取るのを忘れたのかと思ったほど。いやあ嬉しいのなんのって万歳と叫びたくなった。努力はするもんだ。継続は力なり。これで治るぞと思ったのだが、どうにもお後がよろしくない。あの奇跡の一夜が一向に訪れる気配がない。最低でも月一回はこのような夜があって、やがてそれが週一回になって……と、勝手に夢を描いていたのだが、現実は甘くなかった。
そこへ、もう一つ色気のない話が加わる。今年になって何やら左の下腹部が膨れて来たような気がして薄気味悪くなる。膵臓は食事療法が効を奏しているようで変化なしだが、何か悪い病気だとヤバいのでかかりつけ医に診て貰う。
「脱腸だよ」と、軽くあしらわれる。まだ軽い脱腸だと言う。ほっと胸をなでおろしたものの「脱腸」に「夜間頻尿」。老病極まれりである。カッコ悪いことこの上なし。先生には下腹部に力がかかるような農作業はやめなさいと言われる。
そう言われてはたと思い当たったのが毎日続けているスクワットである。去年の5月頃から始めた。
スクワットでふくらはぎの筋肉を鍛えるのは血流がよくなり、夜間頻尿対策にもなると思って、どんどん回数も増やしていた。同年齢の先生に「スクワットもやめた方がいいでしょうねえ」と、聞いたら「年を考えなさい」と、言われてしまった。で、スクワットをやめて5日になる。確かにスクワットの回数を増やしてから急に膨らみだした気がする。過ぎたるは及ばざるがごとし。年寄りの冷や水とはこのことか。ウオーキングはいいと言うので続けているがどうにも物足りない。暖かくなったらウオーキングの距離でも延ばすかなあと考えている。
 

今年初めての風土記談義がある。昨年の3月から10月までコロナで中止になっていて、11月に再開してから3回目の談義。
16108757760161610856866143
コロナ以前は日曜日の午前中に100人近くの人数が集まっていたのだが、再開後は密を避けるために午前午後の二部制になり、儂は午後の部になる。人数も減り今日は30人もいなかったと思う。先生は午前と午後同じ談義を二度しなければならないから大変だ。一時間談義をしたところで窓を全開にして数分間空気を入れ替えながら後半30分の談義を進める。窓際の儂は震えあがるほど寒かった。
1610856864622
荒神谷博物館内から眺めた冬枯れの公園。正面に古代ハスの池があり、その向こうの林の奥に大量の銅剣が埋まっていた。
初めの一時間は出雲風土記を読み進めながらの談義。宍道湖の向こう島根半島の秋鹿(あいか)郡大野郷の項は5行しかないのだが、2回の談義でもまだ終わらない。談義だからただの古文の解釈では終わらない。話は自由に飛び、関連する地理や天文など風土記の世界の全体像を描こうとしていると儂は理解している。今日は原本を離れて、大野郷にある大野津社についての話。江戸時代に書かれた「風土記抄」や「雲陽誌」などには素戔嗚尊(すさのおのみこと)がヤマタノオロチを退治した後、オロチの角や骨が流れて来たのを祀ったとか、オロチの角と骨にまつわる言い伝えが載っているというお話。
後半の30分は講師が変わって風土記逸文の談義。
逸文と言うのは古い書物に「〇〇国の風土記にこのように書かれている」と、紹介されている一文を言う。長い文章もあるが多くは短く、ほとんどの国の風土記は残っていないので、真偽のほどが定かではないのだが、残された貴重な資料である。
今日は伯耆国(鳥取県西部)風土記の逸文。
昔、伯耆国はハハキの国と呼ばれていたようだ。
そこには、『てなづち・あしなづちの娘、稲田姫をヤマタノオロチが吞もうとしたので、稲田姫は山中に逃げたが、母が遅かったので、姫が「母来ませ、母来ませ」と言ったことから、この国を「母来(ハハキ)の国」と名付け、後に
「伯耆(ハハキ)の国」とした、云々』と『諸国名義考』という書にはあるという話。
儂は腰を抜かすほど驚いた。
てなづち・あしなづちの娘、稲田姫がヤマタノオロチに呑まれると言う話は出雲風土記の代表的なお話である。
それがなぜ伯耆国風土記にそっくりそのまま載っていて、しかも伯耆国の国名の由来にもなっているなんて一体どういうことなのだろう。
しかも、講師の体験によると、昔、鳥取に住む親せきの小学生の子が、スサノオのヤマタノオロチを退治する話をとても誇らしげに語ったと言う。
神話がどうやって作られて行き、どうやって伝承されて行くのか、深い闇を垣間見た気がした。

風土記談義が午後の部になってから、終了後、近くの温泉に行くことにしていて、今日は3回目。
荒神谷博物館のすぐ側をロマン街道という玉造まで山の中を抜ける道がある。その道を5分も走ると途中から山陰線の荘原駅方向に降りる道がある。
Inkedこぴ1610875723136_LI
その途中にあるのが日本三美人湯の川温泉にある「ひかわ美人の湯」。矢印がその駐車場。
16108757200181610875774450
ここは湯もいいが露天風呂が最高。とても広く、しかも屋根付きの湯が二つあり、一つは打たせ湯になっている。露天風呂を三つも楽しめる。午後から時折り白いものが舞ったが温まった身体には逆に心地良かった。この三、四日は春になったように暖かかったがまた明日あたりから寒くなるようだ。雪だるまのマークが出ていた。もう雪はいい。

三連休の最終日、ようやく寒波が緩む。大雪になると言う予報だったが、年末の雪の方が積もった。ただ、連日零下で風が強く震えあがるほどの寒さであった。

連休初日。9日。
16102369196241610236918553
朝、雪かきした後の玄関前。夜のうちに少し降っただけであった。
右の写真。池には結構積もっていた。
16102369727811610236970245
家の前の道。雪は深くはない。前方、路面が出ているのは強風で雪が吹き飛ばされたから。
右の写真は新内藤川沿いの道へ出るところ。雪が凍っていて神経を使う。
1610237004234
9号線に出ると、交通量が多いので雪は溶けている。昼前に出て、昼ご飯を食べに遠征する。
16102370279631610237026975
「ごはん亭はしもと」
松江市宍道町にある定食屋。いつもは車で一杯。トラック運転手が集まる。我が家からなら30分。市内からなら9号線を真っ直ぐ行けば20分で着く。神立食堂はさすがに飽きたので去年の秋からドライブ気分で時々昼ご飯を食べに来ている。この日は「甘鯛のあんかけ」「いかのぬた」「きんぴら」「シジミ味噌汁」と「ご飯の中」。「いかのぬた」がお気にで、はまっている。おかずも「銀だらの煮付」以外は持ち帰りが出来る。夕食のメニューに困った時はここで買って帰る。なぜ「銀だらの煮付」が持ち帰りできないのか分からない。今度聞いてみよう。
16102370658111610237063768
「日本一たい焼き」
帰り道、すぐ近くにあるのがたい焼きの店。「このたい焼きは日本一たい」と店主が言ったことから、この名前の店になったのだそうだ。博多のたい焼き屋で西日本にチェーン店を一杯だしているようだ。いつも混んでいる。
儂は甘党だから、時々寄ってたい焼きを買う。1個買うのは恥ずかしいから3個買って、車の中で熱々を食って、2個は冷凍する。
1610237109964
夕方、帰りの新内藤川沿いの道。雪はだいぶ溶けた。こうしてみると、天気は良かったように見えるが、晴れたと思ったら突然吹雪く。吹雪いたと思ったら急に空が晴れて青空が見えると言う猫の目のように天候が急変した一日。

連休2日目。10日。
16103662411721610366239683
夜中にまたうっすらと雪が積もる。
16103662887351610366286827
夜中に少し降った雪が朝になると凍結しているので、なかなか凍結が溶けない。すいすい走れるのは9号線だけ。

連休最終日。11日。
16103663627231610366395188
昨夜は降らなかったようでようやく暖かい朝を迎える。今日は最高気温が4、5度はあったようだ。新内藤川沿いの道も雪が消える。この数日、余りに寒くて散歩する気が起きなかったが、今日は夜散歩をする。風もなく拍子抜けするくらい楽な散歩であった。週末また寒くなるようなことを言っていたが勘弁してほしい。畑の雪害を確認するのが恐ろしい。横目でちらっと見ただけで詳しく調べていない。

凄い寒波が来て平野部では40㎝積もると言われていたが、起きて見たら昨日の雪に少し積もっている程度であった。
16100995837991610099581767
玄関前                    家の前の道
だが、一晩積もっていたので、今朝は完全に凍結。アイスバーン状態。雪も降っていたし迷ったが、雪がひどくなるようならまたイオンで買い物してお昼には帰ろうと思って車で出て行く。大社街道はアイスバーンで20㌔から30㌔の超ノロノロ運転。少しでも大きい道に出た方がいいと思っていつも途中で曲がるのだが、そのまま大社街道を行き国道9号線に出てコメダ珈琲へ。ここでカフェインレスコーヒーを飲まないと一日が始まった気がしない。お昼前、雪が激しくなったのでイオンで昼飯と夕食の材料を買って帰宅する。
16100997006221610099698658
ところが午後からは時折り陽が出て雪も止む。結局、今日一日殆ど積もらず。一級の寒気団が来て、今日も最高で-1度。最低で-3度と言うのになぜ雪が降らないのかよく分からない。だが、寒さは格別。
右の写真は畑の池。当然凍っている。こんな凍り方をするのは何年振りか。
畑も凍った。
16100997560901610099757569
春キャベツ                  スナックエンドウ
16100998047331610099806186
大根                      空豆
16100998523941610099854300
玉ねぎ                    ニンニクとイチゴ
みーんな凍ってしまった。スナックエンドウも空豆も葉っぱが凍って萎れてしまっている。大根も根の中まで凍っている。これは食べられないのではないだろうか。イチゴも本来は防寒しないといけないのだがこの二年間ほうっておいても大丈夫だったので何も対策しなかった。不織布でもべた掛けしておけばよかったのだがそこまで気が回らなかった。後の祭りである。にんにくは何とか耐えているように見えるのだが二年目でははっきりしたことは言えない。玉ねぎは案外強いので大丈夫かなあと希望的観測。
問題はこの寒気が土、日と後二日ほど続きそうなことだ。もしかしたら月曜日まで。天気予報は今日も明日は山陰東部の平地は40㎝積もると言っている。この上、本当に40㎝も積もったら畑は完全にアウトになるかもしれない。
これまでは例え大雪が降っても一日だけだった。今回は降ると言いながら言われたほどには降らないで、零下の寒気が何日も続く。出雲に帰って10年、一度も体験した事のない冬である。さて、明日はどうなるやら。

↑このページのトップヘ