曽田博久のblog

若い頃はアニメや特撮番組の脚本を執筆。ゲームシナリオ執筆を経て、文庫書下ろし時代小説を執筆するも妻の病気で介護に専念せざるを得ず、出雲に帰郷。介護のかたわら若い頃から書きたかった郷土の戦国武将の物語をこつこつ執筆。このブログの目的はその小説を少しずつ掲載してゆくことですが、ブログに載せるのか、ホームページを作って載せるのか、素人なのでまだどうしたら一番いいのか分かりません。そこでしばらくは自分のブログのスキルを上げるためと本ブログを認知して頂くために、私が描こうとする武将の逸話や、出雲の新旧の風土記、介護や畑の農作業日記、脚本家時代の話や私の師匠であった脚本家とのアンビリーバブルなトンデモ弟子生活などをご紹介してゆきたいと思います。しばらくは愛想のない文字だけのブログが続くと思いますが、よろしくお付き合いください。

2019年09月

『安納芋レポート』
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9月3日に安納芋のツル上げをする。
芋ツル大好きの裏のMちゃんに「そろそろ芋を掘るよ」と伝えておいたので、早速Mちゃん、デパートの紙袋にぎっしり詰め込んで持ち帰る。わが家も助っ人に来ていた妹と二人で山ほど芋ツルを採って、妹に重曹を入れて煮てもらう。毎年、ツルの出来はいいので、今年もほどよく歯ごたえがあってうまかった。帰郷して8年、芋を作っているが、いつも芋よりツルの出来の方がいい。困ったもんだ。芋なんて百姓のイロハのイみたいな作物なのにどうしてうまく出来ないのか。この時点ですでに自信はなかったのである。ツルがよく出来ていれば、芋は?が毎年のことなので。
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9月11日ツル切り             9月17日芋掘り
ツルを植え付けてから110日目にツル切りをするとものの本には書いてあったので、この二、三年はツル上げ→ツル切りをきちんとしている。これをしたからと言って、今更いい芋になるはずはないのだが。
9月17日にドキドキしながら掘ってみた。結果は「う~ん」。全体に小粒であった。近所の芋も今年は小粒だったそうだ。余りにも暑い日が続いたせいだろうか。今年の5月は畑どころではなくて、芋も作る気はなかったのだが、近所の人から「芋は簡単だから、そこの空いている畝に植えてしまえばいいんだよ」と言われて、葉物が終わった畝に、石灰もやらなければ、耕しもしないで、いきなりツルを植えたものである。この写真の倍以上は獲れたのだからよしとしよう。
ただ、掘るのには一苦労した。芋がいつもより深いところに出来ていたのだ。実は毎年ツルは斜めに植えていたのだが、今年は斜めに植えるのも面倒くさくて、いきなり垂直に突き刺すように植えたのだ。斜め横に浅く植えるより、垂直の方が根つきがいいに決まっているからだが、当然芋は深いところに出来てしまう。掘りだすのにえらい手間暇かかってしまった。でも、垂直植えは実に根つきがよくて楽だった。来年はどちちらにしたものか。

『葉物レポート』
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9月4日ほうれん草の種蒔き       9月6日藁を被せる
酷暑の後の雨続きが終わり、ようやく9月に入り、いよいよ秋の始まりと思って、ほうれん草の種まきから始める。こんなに早く始動するのは初めて。例年なにごとも遅れ気味で、そうなると収穫も遅くなり、食べられる期間が短い。そこでちゃっちゃと植えて早く食べようと思った次第。左が「次郎丸ほうれん草」、右が「味サラダほうれん草」。一昼夜水につけて置いたものを蒔き、その上からもみ殻を撒く。
ところが涼やかな秋になると思いきや、翌日からまた炎熱地獄に戻る。と言って、ここで計画を中断したくなかったので、
9月5日中葉春菊(次郎丸ほうれん草の奥に一列)
9月6日人参黒田五寸(味サラダほうれん草の奥に一列)
の種を播いてから、種を播いた上に藁を被せる。水分の蒸発と熱射から守るために。
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9月10日発芽はしたけれど
味サラダほうれん草の発芽状態。暑い日が続いたせいか、発芽の状態がとても悪い。鳥に種まで食われてしまう。もみ殻を被せたのに、ちょっとでも見えるとすかさずやられてしまう。中葉春菊も余りよくない。
人参は発芽に時間がかかるのでまだ発芽しない。ただ、人参は8月になったら植えるものだから、暑さには強いはずなので期待はしたのだが、その後、発芽したが、これも余り芳しくない。
ほうれん草も春菊も人参もその後2回ほど追加の種まきをする。
9月17日
さしもの暑さも勢いに陰りが見えて来たので、春菊の奥に一列小松菜も播く。
大根「耐病秋風」も播く。ほうれん草の右横の銀色マルチの畝。
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9月18日同じ銀色マルチの畝に「味サラダ蕪」と「出雲オロチ大根」を播く。
「出雲オロチ大根」は今市の田中種苗で見つけて即座に購入。去年ニュースで見て、欲しかったのだが手に入れる方法がわからなかったのだ。今年、何と販売されていたとは。これは島根大学の農学部が開発した大根で、浜大根を改良したものである。何がすごいと言って、極辛味が売り物の大根なのである。どうやら薬味として使うといいらしい。播いた後ではたと気が付く。「儂は食えない」 膵臓には香辛料のきついものは良くないので、儂はキムチやワサビや唐辛子は断っていたのだ。残念!うまくできたら人にプレゼントしよう。ちょっと舐めるぐらいならいいかもしれない。
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  9月20日                 9月20日耐病秋風
手前が黒田五寸。向こうが中葉春菊。 春菊は追加の種がなかなか出ない。 
二日続けて夜に雨が降り、朝夕は肌寒くなる。日中は風も出て(台風の影響か)暑さもやわらぐ。 
大根は芽が出るのが早い。4粒蒔いたが、3~4粒発芽している。         
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9月20日                    9月20日秋ナス
ほうれん草は追加の種が少しづつ目を出す。レタス類や奥のブロッコリーはそこそこに成長している。サニーレタスはもう食べられる。外側の葉から採って食べている。採っても採っても次々と葉が成長するので随分お得な野菜である。
秋ナスはようやくこの大きさになる。久しぶりに作ったので成長が遅いのか早いのか分からない。食べられるほど沢山できればいいのだが。

以上が畑の近況だが、台風が来る。芽が出たばかりだし、レタスなんか強風で吹き飛ばされないか心配。ブロッコリーに今日大慌てで支柱を立てる。

台風接近(9月22日追加記事)
雨は降ったりやんだり。夕方から風が強くなる。島根県西部には暴風警報が出る。風に煽られるほうれん草や人参の可愛い芽を見ていたら不安になり、急遽、不織布を被せることにした。
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ところが不織布は強い風に舞い上がり、うまく被せられない。悪戦苦闘していたら、神西湖のしじみ売りのおじさんが通りかかり、手伝ってくれて、写真のようにべた掛けできた。夜半に接近するようだが無事を祈るのみ。

昨日9月14日。妻が入所して早いもので3回目の敬老会があった。
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百歳と白寿と米寿のお祝いをしてから、大社中学のブラスバンドの慰問演奏があったのだが、妻はいつものごとく気分はもうカラオケ大会。始まる前から覚悟していたのだが、司会者の挨拶が始まるや否や、大きな声で「元気に行って見よう」とか「早く始めてください」と、連発。会場から笑いが起きるも、隣にいる者としては居たたまれなくて身が細る思い。百歳や白寿、米寿の表彰の時だけは静かにしていて欲しかったのだが、妻の口は止められない。「おめでとう」ぐらいならいいのだが、ピンぼけなことを言う。隣のおじいさんはじろりと不快そうな顔で睨むし、怒り出さないかとひやひやはらはらのし通しだった。
演奏が始まれば少々声を出しても音に消されるから何とかなるかと思いきや、女子中学生が司会を始めるや「かわいい」と大声。「かわいいね、お姉さん」とも叫ぶ。2曲目からはお年寄りの慰問曲で「北国の春」「北酒場」「川の流れのように」「花は咲く」「ふるさと」「赤とんぼ」と続く。中学生が2人一組で歌も歌ってくれる。中学生が歌う「北酒場」は微笑ましくもちょっとおかしかった。
驚いたのは妻が「花は咲く」の一節を口ずさんだこと。この歌は妻が病気で倒れた後に世に出た歌だから、妻は病後に覚えたことになる。記憶力は失ったはずなのに、好きな歌は歌詞の一節を覚えているのだ。つくづく不思議だなあと思うが、この能力がすべての分野で発揮されることはないのだ。諦めてはいるのだが、少しでも戻ってくれないかなあと思う。
さらに演奏と歌が続くと、不意に「涙が出て来ちゃった」と、言う。二度も、三度も繰り返す。
確かに「川の流れのように」を聞いていると、涙が流れるのも頷ける。こちらまでしんみりする。妻が騒ぐことばかり気にしていた自分が情けなく思える瞬間だった。
ところが、最後に中学生が挨拶をしたら、「〇〇(娘の名)かわいい」と、声を上げ、「あの子、私の子供です」と、言ってくれる。こういう催しがあると、儂はぐったりと疲れる。
終了後は各ユニットに戻って、家族と昼食会。(右の写真)
家族は弁当。もちろん、ノンアルコールビールを用意して来た。

明日、16日は地域の敬老会。
自治委員の儂は町内委員さんと二人で、200円の紅白饅頭と800円の赤飯折詰を持って75歳以上のお年寄りの家を回る。13軒で該当者は9名。
福岡に住む妹に聞いたら、あちらでは70歳以上が対象で3000円の商品券を配るのだそうだ。都会は違うなあと感心する。島根はなんたって長寿全国3位。去年までは6年連続で1位だったぐらいだから、75歳までは老人のうちには入らないのだと自慢してやったが、本当は70歳以上から祝いたくても財政が許さないのである。要は金がないのだ。いや、団塊世代が多すぎるのだ。

9月20日追加訂正
100歳以上全国長寿は島根がやっぱり日本一と分かりました。
昨日のニュースで浜田市の集計が間違っていたことが分かり、集計をし直したところ日本一だったそうです。
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8月25日の特養。昼食介助に行って散歩した時の写真。
「イネが実ったよ。もうすぐ稲刈りだよ」と、言ったら、「イーネ」と、返し、自分でもおかしかったのか、気に入ったのか、何度も「イーネ」を、繰り返して笑う。
9月7日にも、昼食介助に行った時、何かの話から、突然、「曽田博久は私の大切な夫だぞ」と、言ったのでびっくりする。いつも従兄やおじさんと間違えるくせに、どうしたことか、「気は確かか」と、思わず聞きそうになった。嬉しい事ではあった。

語録(20)

2007.2.1

(トイレットペーパーを)

「取ってあげようか」

「なによ、取ってあげようかなんて。近所に聞こえるように親切ぶって」

2007.2.4

「しょうがないと思ってお父さんにやらせてるの。生まれて来るんじゃなかった」

2007.2.5

「寝疲れたよ。背中がベッドにくっついている」

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「写真見てて思ったの。近くに来てるのに、どうしてパパちゃん、来ないんだろう」

「パパちゃん、近くにいるの?」

「うん、小海さん(酒屋)とこのウラに」

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(TVを見てて)

「渋谷また歩きたいよ。帰ったんだから。バンバン行かなくちゃ」

2007.2.7

「寒くない?」

「寒くない。ありがとう。そんなこと言ってもらったら、あったかくなった」

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「あら、私、おイモの天ぷら頼んだような気がしてたの。忘れたの。さあ、今からおイモの天ぷら買いに行きましょう」

2007.2.9

(世話していてメガネが落ちたら)

「この間からいつも見ている。頭小さくなったんじゃない。脚本書かなくなったから脳が小さくなったんじゃない」

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(オリンピック候補のTVを見て、娘に向かって)

「オリンピックなんてのぞんでないからね。○○ちゃん(娘)が楽しんでればいいから」

2007.2.12

(介護してたら)

「お父さんがこんな仕事してると知ったら、お母さんびっくりするでしょうね」

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(TVで人生を一字であらわすとしたらと言う番組を見ていて)

「お父さんは辛でしょう。私の人生は楽。お母さんは耐でしょ」

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(TVで生甲斐見つかってますかと問われて)

「私、見つかってるよ。お父さんにぶら下がって生きて行くの。お父さんに作家になって貰って、作家の妻になるの」

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「楽しく暮らしましょ。お父さん、暗くならないこと。○○(息子)や○○(娘)にグチを言わないこと。楽しく、出雲ではなばなしく暮らすの」

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「お父さん、もう一度恋をしたいでしょ。楽しそうに出て行って、楽しそうに戻って来てよ」

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「私もお父さんと手をつないで歩きたいよ」

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「お父さん、1万円ある。パーマかける。10050円とか」

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「お父さん、お金持ってるの。十分に。私はあるよ。明日、おろしておこうか。交通費だって何万てかかるじゃない」

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「お世話焼いてくれてありがとう」

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(ため息が出たので、「なんで出るの?」と、問うたら)

「子供の時、言いたいこと言えないと、ため息が出ると教えられた」

2007.2.13

(犬に向かって)

「モモちゃん、見てみろ。がんばったから辛子明太が来たよ」

2007.2.14

「○○○兄ちゃん(従弟)、料理うまくなったね」

「俺はだれ?」

「○○○兄ちゃん」

「ヒロヒサでしょう」

「そうだ。今夜、お願いしなきゃいけない人だった」

2007.2.16

(NHKのみんなの歌を見て)

「クロの歌はただの猫の歌じゃない。人との歌だね」

(アレンジして歌う)

「ヒロヒサだからヒロ、君に会えたことが私の宝物、この広い地球で……♪」

「聞いてくれてありがとう」

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「よく覚えてるね」

「ただ聞いてないからね。意味を考えて聞いているからね」

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「確定申告が始まったよ。私、遅れたよ。珍しく。ようし、今年は稼ぐぞ」

(昔は妻が確定申告をしてくれていた。まだ赤ん坊の長男をバギーに乗せ、青色申告会に通った)

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「お父さん、ここが私たちの家だよ。○○(息子)、何て言ってた」

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「私ね、お腹すくと、まえみたいに動けなくなった。身体がなくなったと言うか」

・・・・・・・・・・・・・・・

「お父さん、あの三つ揃い着て踊ったらかっこいいだろうね。写真撮ってあげるからね」

(妻と知り合った頃の一張羅が三つ揃いだった。独立の記念に師匠が渋谷の丸井で月賦で買ってくれた。その二回目からは儂が払った)

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「お熱ない(と、言うので額に手を当てる)嬉しい。気にしてもらうと」

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「私も月に願おう。お父さんの小説が売れますように。私も幸せになれますようにって」

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「歯磨かないと」

「なんでチューするの(笑って)期待しちゃった」

2007.2.18

(着替えさせていると)

「こうしてあなたのことを見てると変わらなかったのね。この20年。夢の中ではおじさんで出て来るの」

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「ちょっといっしょに買い物に行こうか」

2007.2.19

「お父さんと二人、ウォーキングすると楽しいよ。べたべたしなくても」

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「あれ、お茶、お茶どこ?」と、俺。

「やめてよね、ボケ老人みたいな声」

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(世話してたら)

「お父さん、頭くさいよ」

「洗うひまがなくて」

「ごめんね、私がこんなだから」

2007.2.27

「おひな様、買ってもらえなかったから、自分の人形を飾ったの。赤なんてないから風呂敷を敷いて。○○ちゃん(娘)なんかに話してあげようかな」

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「私、つる好きよ。私、足が太いから、すっと細い足で、ぱーっと飛び立つの」

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「私も○○ちゃん(娘)とどこか旅行いきたいな」

2007.3.1

「夢の中で(モモ〔犬〕なんかと)騒ぐと、ダアッと疲れてんの。夢の中で騒がないと元気なの」

2007.3.4

「下着を脱がして。お風呂に入るの。左手が痛いから温めるの」

2007.3.7

「早くアンパンもってこい。下駄箱の中に入ってるのわかってるんだから。みんなに言うぞ、アンパン食べさせませんて」

2007.3.15

(パット交換の時)

「疲れてるのに悪いね。左はそっとよ(痛いから)」

2007.3.17

「お父さん、いつ仲よくするの」

「今度ね」

「いつだかはっきりしないとがまんできないでしょ。がまんしてるのよ」

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「あれができないのもイライラするけど、タバコ吸えないのもイライラする」

2007.3.19

(ベッドでリモコンをいじっているのでとめたら)

「また規制する。死ね、あっちへ行け」

2007.3.28

「正月から歩けないなんていやなもんだ」

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「旦那、お雑煮出してくれ。今日は御祝儀はずみますよ。旦那、頑張って。旦那、いい顔で出て来てね」

2007.3.30

「そんなに掛けないで(布団を)、閉じ込められるみたいで悲しくなる。どうして私は閉じ込められなければいけないの」

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(夜)

「起きてると言ってるのに。泣くよ、私、わんわん泣くよ」

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(夜)

「○○ちゃん(娘)に卵焼き作るの」

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(夜)

「こんなの見たら、曽田さんの御主人大変ねとみんな言うよ。ありがとう、チューしてあげる」

2007.3.31

「私、こんど男産んだら、いっぱいいい名前つけるからね」

た。



早期慢性膵炎と診断されてから食事改善に取り組んで2カ月半、これがもう早とちり、勘違い、勉強不足に、注意力の欠如の失敗続き、以下そのお粗末な顛末。

初めはネットで勉強したが、一度に完全にマスターするのは難しいので、入門編的にスタートした。

すぐにはどんな食事をしてよいかわからない。
あらゆる食品の脂質を覚えるなんてまず不可能である。調べるだけで嫌になる。
そこで、極端と分かっていても、とりあえず脂質の高そうなものはすべて断つ、肉断ちから始める。

魚と野菜を食べてればいいだろうといい加減に始め、少しずつネットで情報を増やして行くつもりだったが、肉断ちしたら体に力が入らなくなってしまった。
夜の食後の散歩もふらふらして、宇宙遊泳散歩をしているような感じである。

肉類はササミしか食えないと思っていたので、ササミばかり食べていたが、儂の能力ではササミの料理なんて何もできない。

パックに入ったチキンサラダを買って、夏だったので冷やしうどんにのっけて食う程度。

冷やし中華や蕎麦にものっけて食ったがたちまち飽きる。肉無しで一生ササミしか食えないのかと思うと目の前が真っ暗になる。 

やがて、脂質を全くとらないのもよくなくて、ある程度は取った方がよいと言われていると知る。常識的に考えても、そりゃあそうだよなとちょっと救われた気持ちになる。

155g~60g、一回の食事では13g~20g、この範囲におさまればいいらしい。
あまり厳密に考えないことにしようと思うも、どうしても「ああ、5g食った」と、思ってしまう。何となく気持ちが悪い。

別なデーターによると、155gまでとある。
どちらが正しいのか、数値に振り回される。

いちいち調べるのも面倒くさくなり、困った時の魚頼りに拍車が掛かる。

ところが、ある日、気になって改めて魚の脂質を調べたら、鯖で約11g、秋刀魚で約16g、カツオも高いことを知り愕然となる。
お昼は「神立食堂」で鮭塩焼き、鯖煮付、鯖塩焼き、秋刀魚塩焼きのローテーションで食っていたのだが、鮭だけが
4gちょっとで、後は冷奴と一緒に食うと軒並み一回の目安を越えてしまうではないか。

豆腐も意外と高いことを知り驚く。納豆も。健康食品だと思い込んでいるので、脂質もひくいものだと勝手に思い込んでいたのだ。これまでの努力は何だったのだと嘆くことしきり。

こんな失敗ばかりしている。

最近では、スーパーでは必ず総菜の脂質を確かめてから買う。

今はパックに殆ど表示してあるから便利だが、旨そうなものは殆ど食えない。

カツ丼の弁当なんて軽く30gはある。これを見ると、昔はとんでもない食事をしていたことが分かる。

カツカレーや天ぷら、焼肉などを食っていたら160gなんて軽々とオーバーする食生活をしていたのだ。ここにケーキやナッツを食べていたのだから、一体一日の脂質はどんな数字になっていたことか。

ある日、合鴨のローストみつける。肉ではササミと合鴨は低いと知っていた。

パックを見たら、脂質3gちょっとの数字。

1パックで3g、ラッキー!」大喜びで買って、その夜はパクパク食う。久しぶりの肉らしい肉で大満足したのだが、よく見たら、な、なんと1切れが3gとあるではないか。儂10切れは食っていたぞ。

途端にすい臓が悪化した気分になり、めまいがする。

合鴨は低いと言う先入観が1パックで3gと勘違いさせてしまったのだ。どうやらローストにすると脂質が高くなるようだ。

こんな間違いを何回か犯している。

最近は1パックか、1個か目を皿のようにして確認している。他にはラムでも失敗した。
ラムは脂質が低いと言う情報を得て、大喜びでラムを買って来てたらふく食ったのだが、後で確認したら、ラムの脂質は豚と大して変わらないではないか。どやら、ラムは何かよいところがあるとの記事を見て、勝手に脂質が低いものだと思い込んでしまったようだ。
おかげで残り半分のラムが冷凍庫にあり、見るたびに恨めしい。
妹に「持って帰れ」と、言ったら「ラムはすかん」と、言いおる。

 

その後、鯖や秋刀魚は高いけれどEPAやDPAを含んでいるので肉ほど心配しないで大丈夫の記事に

救われたが、なぜ心配しなくていいのか肝心の説明がないので、よほど他に食べる物がない時ぐらいしか食べない。
魚はおかずとして安心して食べられるのは鮭と鯵、タラぐらいしかないのだ。

ころが、この鮭にも問題発見。

鮭は4g程度なのだが、養殖の鮭は2倍もあるのだ。

ということは養殖の魚はみな高いということになる。用心、用心。

鯵は超安全なのだが、油断は出来ない。干物になると脂質は高くなる。どの魚も干物になるとヤバい。

 

こんな失敗を繰り返しながら、少しずつデーターをふやしている。
三日前に超嬉しいデーターを発見する。
ロースハムは脂質が高いので諦めていたのだが、何気なくスーパーで4連の安いパックを見たら、1パック(4枚入り)で1.7gしかないではないか。思わず「まじかよ」と呟く。

その、二日前に、食パンも脂質が低いことを知る。パン類はダメと諦めていたのだが、マフィンや普通の食パンは脂質が低かったのである。
その二日間は魚肉ソーセージのサンドイッチを食っていたが、昨日今日はハム野菜サンドを食っている。
これまでの2ヶ月半の間、シリアルばかり食って、さすがに飽きていたところなので、朝の食事の嬉しい事。
もう一つ、嬉しいことがあった。
豚ヒレは脂質が低いのだが、儂には料理の敷居が高すぎて、どうやって食べていいのか分からなかったのであるが、助っ人に来た妹に相談したら、「あら、ステーキにしたら」と、9月8日、いともたやすくヒレステーキを作ってくれる。
いやあ、感動した。肉てこんなにうまかったのだと涙が出た。
これなら儂にも作れるので、食生活にアクセントをつけることが出来る。夕食の準備が楽しくなるような気がする。

色々調べれば、レパートリーを増やせることが分かった。思い込みや固定観念を排して愚直に脂質を一つ一つ調べることの大切さに気が付いたところである。
もっともっとメニューを増やそう。
目指せ、すい臓に優しい食事!!!


 

 


お盆までは猛暑に喘いでいたが、屁みたいな台風10号が通り過ぎた後は天候が一変し、8月18日から29日までの10日間は日照時間が25時間ほどしかなく、例年の3~5倍の雨が降り、23日には大雨注意報と洪水警報が出るほどの大雨が降る。連日の雨の合間を縫って奇跡的に畑の準備を進めた。
15673394403828月13日。お盆前の暑い日に池の東側の畑を片づける。カボチャを抜き、九条ネギの畝も潰し、奥のイチゴの畝も整理する。
15664305430948月18日。雨が降りそうなので大慌てで堆肥を入れる。
15664301569508月18日。堆肥を入れて耕運機で好き込んだ後に石灰を撒く。翌日、大雨。この雨は我が畑には恵みの雨で、石灰が溶けてうまく土に染み込んでくれた。間一髪セーフ。
15664303929618月18日。この日は「風土記講義」があった。荒神谷博物館の駐車場で玉虫の死骸を発見。小学生の時、母の里の山の中で生きた玉虫を捕まえたことがある。死骸とはいえ、自然の中の玉虫と出会うのは何十年ぶり。
15673367737608月24日。金柑に花が咲く。もう小さな実が出来ているのに、かなりの数の花が咲く。隣の奥さんが今年は異常に暑かったと思ったら、梅雨に逆戻りしたような変な天気になったので、ボケたのだろうと教えてくれる。9月1日現在、全部枯れてしまった。恥ずかしながら告白すると、この花を見た時、儂は「やった、また花が咲いた。今年は沢山獲れるぞ」と、喜んだのであるが、隣の奥さんには黙っていた。
15673369917238月30日。雨ばかりで何日かぶりに畑に出たら、秋ナスに花が咲いていた。お盆の頃に枝を短く切り落としたものである。そこから成長して出来るのが秋ナス。嫁に食わすなと言えるほどうまいものが出来るや否や。正直、自信はない。永遠の素人ですから。
1567337212350石灰を撒いた後、8月26日に化成肥料と鶏糞を撒いた。すると、その夜からまた雨。これも肥料を撒いた後なので恵みの雨となる。そして、空模様を見て、今日、9月1日、レタス(シスコ)の苗6本とサニーレタスの苗4本を植える。
15673371314939月1日。奥に植えたのは左が手前からすずなりブロッコリーの苗2本、スィートブロッコリーの苗2本。右はカリフラワーの苗4本。ブロッコリーとカリフラワーはパートナープランツ。カリフラワーを一緒に植えるとブロッコリーに害虫が来ない。去年効果があったので今年も仲良く植える。
植える前から雨が降り出したが濡れながら植えてしまう。この半月、雨が途切れた時に実にタイミングよく農事が進んだ。
マルチは黒ではない。シルバーのマルチを初めて試す。シルバーは太陽で光るのでアブラムシなどの虫が来ないのだそうだ。マルチの穴が開いていないところには時期をずらして、レタスを植える予定。一度に植えるととても食べきれないので、ずらして作ることにした次第。隣の畝には大根やら人参、ほうれん草、春菊、小松菜、蕪などの定番の冬野菜を予定。

ところで、写真は横に2枚並べて載せるつもりだったのになぜか出来ない。この前は出来たのに。なぜだ?
コメントも頂いたのだが、さて、どうしたらいいのやら、yahooの無料ブログと勝手が違って、未だにうまく使いこなせない。もうしばらく、慣れるまでお待ちください。

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