曽田博久のblog

若い頃はアニメや特撮番組の脚本を執筆。ゲームシナリオ執筆を経て、文庫書下ろし時代小説を執筆するも妻の病気で介護に専念せざるを得ず、出雲に帰郷。介護のかたわら若い頃から書きたかった郷土の戦国武将の物語をこつこつ執筆。このブログの目的はその小説を少しずつ掲載してゆくことですが、ブログに載せるのか、ホームページを作って載せるのか、素人なのでまだどうしたら一番いいのか分かりません。そこでしばらくは自分のブログのスキルを上げるためと本ブログを認知して頂くために、私が描こうとする武将の逸話や、出雲の新旧の風土記、介護や畑の農作業日記、脚本家時代の話や私の師匠であった脚本家とのアンビリーバブルなトンデモ弟子生活などをご紹介してゆきたいと思います。しばらくは愛想のない文字だけのブログが続くと思いますが、よろしくお付き合いください。

2017年11月

23日からの外泊、今日28日に終わり、妻は特養に戻る。27、28日は小春日和。日光浴していると暑いくらい。こんなに天気がいいのは今年最後かもしれない。明日からは崩れる天気予報。
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ベッドから見た吊るし柿。ベッドにも陽が降り注ぐ。だが、すぐに陽が移動してしまう。ベッドに車輪が付いていれば、陽当たりのいい場所へ移動することが出来るのだが、このベッドは車輪がない。在宅介護の時は介護保険が使えるので、車輪も付いた最高級のベッドをレンタル出来たのだが、特養に入所したら介護保険の適用を受けられないので、以前のような良い機種を借りられない。
借りても目が飛び出るぐらい高いので、5泊6日だからと月2000円のベッドで我慢してもらっている。12月暮れに戻って来る時には、あらかじめもう少し縁側寄りに移動させておこうと思う。
本当にこの二日間は天気が良くて、昨日27日の神迎神事も、忌み荒れと言って天気が悪いことが多いのに夜も暖かかった。旧暦10月10日に出雲大社の稲佐浜で日本中からやって来た神様を迎える行事である。私は一度も見たことがない。2、30年前は地元の人だけが、2、300人集まる程度だったそうだが、平成の大遷宮からは1万人の観光客が集まり、浜と大社の間の狭い道は人で埋め尽くされる。若い女の子がとても多い。(byニュース)
イメージ 3妻が持つ吊るし柿。
外泊中は毎日食べる。
歯を磨いてやっていたら、「付き人みたい」と言われ、「お前はなんにもセンム(専務)だ」と言われる。
「早くしないと、お父さんを退職させるぞ。みんなにお父さんと呼ばせないぞ。お爺ちゃんと呼ばせるぞ」とも言われる。こんなセリフは書こうと思っても書けない。
昨日は「離婚するぞ」と脅され、「離婚
て英語で何と言うか知ってるか」と問われる。
「バイバイじゃねえのか」と答えたら、
けらけら笑って、「そんなことも知らないのか。リボースだよ」と言う。
後でこっそり辞書で調べた。
離婚はdivorceeであった。
「リボース」は私の聞き間違いだったようだ。覚えておこう。多分、忘れないだろう。
体幹が弱って、姿勢の維持が難しくなったが、相変わらず口だけは達者である。



語録6。調べなおしたら、2006年から採録したと分かる。これまで2007年と書いていたのはすべて2006年の間違い。訂正します。

2006.2.15
オムツ交換している時 「どうしてそんな怖い顔をしてるの」
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「私を泣かせないで、意地悪言って」
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「お父さんと私の夢に、必ずお父さん(義父)とお母さん(義母)が出て来るの。二人の間に……。あんなのと結婚しちゃだめ。似合わないとか。お母さんすました顔をしながら、私知らんよ。何も言ってないよという顔をするの」
2006.2.17
「ありがとうね、ずっと寝させてもらっているから。正月からずっと寝てるから。何もしないで、楽させてもらって」
2006.3.1
「〇〇(娘)のために走ってるの。△△(息子)のために何度怒ったことか。私は女中じゃないぞと思いながら。モモちゃん(犬)が一番よく分かってるの。私が死ぬときはモモちゃんも連れて行くの」
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「この一週間ずっと死にたいの。なぜか夢もそんな夢を見るの」
2006.3.2
「人間にている人多いね。こうやって見てると私ににていると思う」
2006.3.3
「夜、トイレに行きたい時、お父さん、起こしていい」
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ヘルパーさんに、「赤ちゃんが出かかっているんです。急いで下さい」
オムツの中に便の塊があった。
2006.3.4
「モモちゃん。子供育てる経験させんといかんかったね。我慢できんから」
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「この辺の人、みんな、私たちのこと、羨ましいと思ってるよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「◇◇(妻の旧姓)、いい人と結婚したねと言われて嬉しかったよ」
2006.3.6
「病院へ行って薬を貰うの。一生寝てられるような薬を」
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「缶詰好きねえ、お父さん。(見てると)悲しくなっちゃう」
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「うんち出てよかったね」
「やめてよ、そんな話」
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「このところ接待してないから、夢の中で人が来ると言って慌ててるの。私は接待が好きなのにねえ」

第二章 都の子(7
 
 御屋形様からは傷が癒えてから、吉童子丸の守りに復帰するようにとの言葉が伝えられた。
「傷の治りが遅い事にして暫く休もう。儂も暫くはゆっくりしたいよってな」
 木阿弥はにたりと片目を瞑った。
 一方この騒ぎは周囲の辰敬を見る目に変化をもたらした。
 辰敬はここでもタコ坊主と揶揄されていたのだが、今では同じタコ坊主と呼ぶ声にも親しみが籠もっていた。
「印地打ちで河原者を五人も倒したんやから大したもんや。このタコ坊主は」
 次郎丸も昨日までは三人と言っていたのに、今日の武勇伝では五人も倒したことになっていた。ただ、その後がいけない。
「やっぱりただのタコやない。毛が生えとると言うやないか。毛の生えたタコなんか見たことないで」
 と大声でからかい、皆を笑わせるのであった。おろくが言い触らしているに違いない。
 辰敬は閉口した。
 印地打ちの話も尾ひれがついて、どんどん大きくなって行くのには閉口したが、悪い気はしなかった。
 その一方で、誰があのような作り話をしたのかと言う疑問が頭から離れることはなかった。
御屋形様の側に仕え、辰敬をよく知っているに違いない。その上、好意を持っている者となると、皆目見当もつかなかったのだが、何かの拍子にふっと虎御前の顔が浮かんだ。
女が危険な印地を見物に行くとは思えなかったので、そんな考えは浮かびもしなかったのだが、祇園社へお参りに行った帰りならあの騒ぎに遭遇することはあり得る。そうだ。きっとそうに違いない。虎御前なら辰敬を庇ってくれて不思議はない。
 辰敬は木阿弥に虎御前を知っているか尋ねてみたが、木阿弥は首を振った。
「誰や」
 守護所での日々を話したが、
「儂がお仕えするようになったのは、御屋形様が出雲からお戻りになってからやけど、そんな女の名は聞いた事ないで」
 上目遣いにじろりと、
「美形か」
 辰敬は一瞬躊躇ったが顎を引いた。
「美人で将棋の強い女。そんな女がいたら評判にならん訳がない。儂かて拝みたいぐらいやけど、この三年余り御屋形様が将棋を指された事もなければ、興味を示された事もあらへんで」
 辰敬は上洛した時から握り締めていた、ある意味一番大切にしていた宝物が掌からするりと抜け落ちたような気がした。
 虎御前との勝負を愉しみにしていたのに。
 御屋形様と一緒に上洛したとばかり思っていたのに。あんなにお気に入りだったのに、いったい虎御前はどうしたのだろう。どこへ行ってしまったのだろう。
「わぬし、勘違いしたらあかんで」
 木阿弥がまたじろりと目を向けた。
口調も改まっていた。
「御屋形様がわぬしに望んでおられるのは将棋やない。吉童子丸様の良き守になることや。そこをよく肝に銘じておかんとあかんで」
 その名前が出ると、どうしても正直な反応が顔に出てしまう。
 木阿弥が苦笑いした。
「遊び相手と言っても傍で見るほど楽なもんやないことは分かる。儂かて御屋形様の御機嫌取りしとるだけの気楽な勤めと思われておるが、そんなもんやない。御屋形様は孤独な御方や。今も、昔も、これからも。心の中は冬の枯れ野の如くお寂しいのや。さような御屋形様を御慰めすることなど、本当はな、誰にも出来へんのや」
 皺だらけの顔がため息をついた。辰敬は刻み込まれた皺の深さに初めて気がついた。そう言えば、これまでこんな間近に木阿弥と向き合ったことはなかった。
「せやからこそ、御屋形様はわぬしに吉童子丸様の良き友になって欲しいと思っておられうのと違うかな」
 と言ってから、ちょっと小首を傾げ、
「年が離れてるから、兄弟かな……うん、そうや」
 大きく頷くと、
「良き兄になることを望んでおられるのや」
 ふんわりと優しさに包まれた言葉であったが、辰敬には重くのしかかって来た。
 木阿弥の言わんとすることは頭では分かるのだが、拒絶する幼い目を思い出すと、遊び相手も務まらない自分が兄になることなど到底不可能に思えた。
 自信なげな顔を見て、
「そんな大層に考えることはあらへん。相手は子供やないか」
木阿弥はことさら気楽に励ましてくれたのだが、その気楽な声がかえって疎ましかった。
 辰敬は順調に回復した。
ところが、秋風が吹く頃になっても一向にお召しの声が掛からず、どうしたのだろうと思っていたら、突然、吉童子丸は材宗と御寮人のいる近江へ行ってしまった。
「まだまだ子供や。母様の乳が恋しくなったのやな」
 木阿弥は辰敬の顔を見てにたりと笑った。
 辰敬も思わずにんまりしてしまった。慌てて神妙な顔をとりつくろったが、木阿弥は声を上げて笑った。
 辰敬はばつが悪かった。
 こうして辰敬にとっては思いもかけない静かな秋が深まって行った。
 そんなある日、朝から妙に胸がざわついた。心の臓がどきんどきんと波打ち、熱を持ったように全身がぼうっとし、息苦しささえ覚えるのだが、その一方でなぜか訳もなく無性に気分が浮き立つのであった。特段嬉しい事もないのに、声を上げて駆け出したくなるのであった。
 その感覚に辰敬は覚えがあった。こんな気分になった時は必ず嵐が来た。
 果たして妙に生ぬるい風が吹き出した。
 空を見上げると雲が速い。
 邸内が騒がしくなった。
 嵐が来ると脅えている。
 辰敬の予感は正しかった。それもかなり大きな嵐が襲来するようだ。空の暗くなり方や、湿気を帯びた風の気味悪さが尋常ではない。
 長屋の屋根に上がって、屋根竹を縛り直し、重しの石を置き直す者がいる。(しとみど)を閉じて桟木で押さえをしている者もいる。
 てんてこ舞いの騒ぎをよそに、辰敬はくっくっと込み上げて来る笑いを噛み殺した。
嵐が来れば屋根板が飛ばされる。
あの子はまた屋根板を拾いに出るだろう。
そうしたらまた会えるはず。いや、今度は必ず会える。辰敬は無性にそんな気がしていたのである。
 この間、身辺にさまざまな事件が起きた時も、あの子を忘れた事は一日たりともなかった。いつかは会いたいと願い、寺社の前を通ったり、石仏やお地蔵様を目にしたら、必ず心の中で手を合わせた。この想いが天に通じないはずがないではないか。
 あの子に会える時が来るかと思うと、辰敬は嵐の襲来さえも嬉しくてならなかったのである。
 皆、火は使わずに、冷えた夕食をすますと早々と家に閉じこもった。
 その頃には空は真っ黒で、辺りは真夜中のように暗くなっていた。風が唸り、横殴りの雨が叩きつけて来たが、それは嵐の序曲に過ぎなかった。夜が更けるとともに、風は猛獣のように吠え、長屋は激しく揺れた。薄い板屋根に叩きつける雨音が太鼓のように轟いた。
 たちまち頭上のあちらこちらからぽたりぽたりと滴が落ち始めた。
 不意にずしんと衝撃が走ると、近くから悲鳴が上がった。長屋の側の松の木の枝が折れて、屋根を突き破ったようだ。それを合図とするかのように、ますます嵐は猛り狂った。風は刻々と激しさを増し、天の底が抜けたかのように雨が滝となって落ちて来た。
 辰敬も木阿弥も真っ暗やみの中で息をひそめていた。
 一瞬、ふわりと長屋が浮き上がったかと思った時、べりっと音がして、屋根板が一枚吹き飛んだ。
 ぽっかりと真っ暗な穴が開いた途端、雨水が飛沫をあげて流れ落ちて来た。
 木阿弥が思わず頭を覆った。
「うわあっ、これはたまらん」
 慌てて逃げたが、その頭上の屋根板がまた吹き飛んで、雨水が襲った。
「何でや、儂ばかり」
 思わず辰敬は笑った。
「阿呆、何がおかしいのや」
 びしょ濡れの木阿弥が喚いたが、笑い声は止まらなかった。身体の奥から、止めどもなく込み上げて来るのだ。
 屋根には三ヶ所も穴が開き、雨水がざあざあと流れ落ちたが、辰敬は飛沫を避けようともせずに笑い続けた。
 片隅から木阿弥が怒鳴った。
「気でも狂ったか。ええかげんにせんか。うるさい」
 何と叱られようと、笑い声は抑えようにもどうにも抑え切れなかった。
(吹け、吹け、もっと吹け。都中の屋根を吹き飛ばしてしまえ)
笑いながら心でそう叫んでいた。
辰敬の脳裏には荒れ狂う真っ暗な都の空を、無数の屋根板がくるくる舞いながら、木の葉のように吹き飛ばされて行く光景が浮かんでいた。
 
 思う存分荒れ狂った嵐は去るのも速く、夜来の嵐は嘘のように静かな朝が来た。
今にも潰れるのではないかと思うほど長屋は揺れ続け、激しい風雨が一晩中吹き込んだ。辰敬は一睡も出来なかったが、風雨が収まると、外が明るくなるのを待ち切れず飛び出した。
大路小路にはすでに多くの人々の姿があり、屋根板や屋根竹を拾い集めていた。
辰敬も屋根板を拾いながら万里小路に出ると北へ上った。
次に嵐が来たらそこへ行こうと決めていたのだ。あの子はもう鴨川に近づこうとはしないだろう。となると、この近辺で屋根板が沢山落ちていそうな広い場所は、万里小路を上った先の、二条大路から三条大路にかけて広がる野っ原しかない。
思い込みとは恐ろしいもので、野っ原に近づくに従って、心の臓がどきどきと今にも破れそうなほどの音を立て始めた。息が切れ、眩暈がするのも、決して飛ぶように走って来たからでも、抱えている屋根板が重かったからでもない。あの子に会えるからだ。今度こそ絶対に会える。そして、この屋根板を渡すのだ。辰敬は五枚集めていた。その時とその場所がすぐそこにあると思っただけで、心も身体もたまらなく苦しくなるのであった。
 野っ原に着くと、薄闇が漂う広大な荒れ野には沢山の尻が蠢いていた。
嵐でなぎ倒された草をかき分け、屋根板や屋根竹、その他役に立ちそうなものや金目の物を必死に探し回っている尻だ。
辰敬は広い野っ原を歩き回りながら、若い娘の尻を目を皿のようにして追い求めた。
その瞼の裏には、泣き声を押し殺し、よろめくように去って行った少女の後ろ姿が、今もなおくっきりと焼き付いている。長い髪が震える腰は思わず抱きとめたくなるほど頼りなく細かった。尻も青い桃のように小さくて固く、小袖の裾は膝頭までしかなく、真っ白なふくらはぎを惜しげもなく曝け出していた。
その裾に桜の花が揺れていたのを辰敬ははっきりと覚えていた。
 ふと辰敬の視線が揺れる桜の花に止まった。どきんと胸が鳴った。同じ裾模様だった。小袖も同じ薄い水色で、裾を彩る桜の花も、ひらひらと舞う花びらの散り方も同じだった。短い裾も、露わになった真っ白なふくらはぎも。
 薄闇の中にくっきりと浮いている小さな尻の輪郭も、夢にまで出て来たものと寸分違わぬ丸みを描いていた。
 娘は上体を起こすと腰を伸ばしながら身体を捻った。辺りを払うように長い髪がはらりと揺れた。ちょうどその時、微かに暁光が射し込むと、まるで振り返った娘を浮かび上がらせるように薄闇を払った。
 辰敬は息が止まった。余りの幸せに気が遠くなった。
 漆黒の双眸が辰敬を見据えている。明らかに辰敬を覚えている目だ。大きく見張った目は、あの時よりも黒く、深みも増しているように思えた。相変わらず痩せているが、顔つきは女らしくなっていた。
 背も少し高くなったようだ。その分だけ小袖の丈が短く感じられた。
 秋も深まったこの時期に、季節外れの柄の、しかもあの時と同じ小袖を着ている事に、暮らしぶりが想像され、痛ましさが込み上げてきたが、辰敬は娘を決してみすぼらしいとは思わなかった。
 貧しさを補って余りある美しさが溢れていたのだ。若さ以外に何物もないが、そこに存在するだけで十分な美しさであった。
 とても長い時間に感じられたが、見詰め合ったのは一瞬だった。
 娘はぷいと背を向けると逃げるように北に向かって歩き出した。二枚の屋根板をしっかりと抱えて。
 辰敬は追った。
 娘は歩きながら肩越しにちらりと振り返ると、不意に向きを変え、西に向かって足を速めた。
 辰敬も続いた。
 娘はさらに足を速めると、野っ原を出て町なかに入った。二条大路の一つ手前の押小路であった。辰敬も少しは都の地理が分かるようになっていた。
 娘は押小路をさらに西へ進んだが、いきなり左手の通りに飛び込んだ。
 辰敬は慌てて追った。
 娘は走り出した。右へ左へ、上ったり下ったり、明らかに辰敬を巻こうとしていた。
 逃げられまいと辰敬も必死に食らいついたが、たちまち都のどこにいるのか、方角さえも分からなくなってしまった。
 娘が路地に消えた。
辰敬も追って路地に飛び込んだ瞬間、あっと声を上げてつんのめった。すぐ目の前、息のかかりそうな所に娘の顔があった。
路地は行き止まりだった。
 はあはあと息を切らし、薄い小袖の下で小さな膨らみが喘いでいた。痩せているとばかり思っていたが、膨らむべきところはひと夏を越した分だけ膨らんでいた。
 辰敬は思わず目を逸らした。
 びっしょりと汗を浮かべた顔が辰敬を睨みつけていた。
「何でつけて来るんや」
 怒りの声が辰敬を突き刺したが、その声にさえも辰敬は陶然とした。初めて口をきいてくれたことだけで幸せ過ぎて、声も出なかった。
 辰敬は黙って抱えていた屋根板を差し出した。
 はっと娘は屋根板の束を見詰めた。
 屋根板の上で二人の荒い息がぶつかり合った。
「いらん」
 娘は屋根板を払いのけた。音を立てて屋根板が落ちた。はずみで娘が抱えていた二枚の屋根板も飛んだ。
 すると、わっと声がして、路地の住人達が殺到するや、辰敬も娘も突き飛ばされた。
住人達は屋根板の奪い合いを始めた。
「やめろ。我の物じゃ」
辰敬は叫ぶと無我夢中で奪い合いに飛び込み、屋根板に覆い被さった。
殴られ蹴飛ばされながらも、辰敬は屋根板を離さなかった。必死に奪い合いを振り切った時には、三枚ほどの屋根板を抱きしめていた。
が、娘の姿はどこにもなかった。
 

イメージ 1ほうれん草と春菊の出来がいい。帰郷以来初めてのことである。せっせと獲って食べている。美味い!

畑先生が「ほうれん草がちゃんと作れるようになったら一人前」と言った言葉を思い出すが、本当に腕を上げたとは思っていない。それほど自惚れてはいない。

案の定、玉ねぎに足をすくわれる。

御覧の通り、マルチの左角の部分の苗が数本枯れてしまった。ほかにもあちこち枯れた苗があり、今のところ10本ほど枯れている。こんなことは帰郷以来初めての事。100本植えたら100本育つのが当たり前だったのに、理由が分からない。
玉ねぎの苗は土でしっかり根を押圧して植えないといけないので、根は土で抑えるようにしっかりと植えたつもりである。
こう見ると、苗も貧弱で弱弱しい。もしかしたら、『アトン』と言う品種が弱いのかもしれないと思っている。大きな玉ねぎが出来ると言う言葉に釣られてホイホイ買ったのが失敗か?今になって、周りと同じように毎年作っていた『もみじ』を植えればよかったと後悔している。
もう『アトン』の苗は売っていない。『もみじ』の苗はあるが、売れ残りで、変色している。値引きしているぐらい。玉ねぎなんて楽勝だと思っていたのに難しいものだ。枯れる理由が分からないのが一番困る。
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イチゴの苗に肥料をやる。11月中旬にやり、冬越しして、次は2月に肥料をやるのだそうだ。イチゴ専用肥料で、100gで苗12本分と目安が書いてあったので、調理用の秤できちっと計る。苗の周りに2、3㎝離して置く。小さい粒状の固型が肥料だ。
肥料をやっていると、ご近所さんが通りかかり、「大きい葉っぱを取りなさい」と教えてくれる。地面に張り付いている大きい葉っぱは泥に汚れて腐るので取ってしまうのだそうだ。葉っぱを取ったのが右の小さい苗。「この小さい葉っぱで十分に育ちますから、片っ端から取っちゃってください」
そんなことネットのイチゴの育て方に書いてなかったのでちょっ不安だが、先達の言うことだから信じてやってみようと思う。忙しくてまだ手を付けていない。

そんなことするの?〈吊るし柿の作り方〉
17日に『浦巡りバスツアー&古代びとの「いし」信仰の講演』に参加した時の事。
奥出雲の赤名から参加した人と一緒に昼食を食べた時、吊るし柿は刷毛で撫でるとよいと教えられる。思わず「ほんとですか」と聞き返す。刷毛で柿の表面を撫でると、甘みが浮き上がると言うようなことを教えられる。完成するまでに、二、三度繰り返すのだそうである。30個の柿を一個一個刷毛でブラッシングすることを想像しただけでうんざりする。ボケ防止のために母にやらせようかとも思ったが、縁側に立ってする作業を想像したら、いかにも危なっかしいので、私がやるしかない。よほど暇で気が向いたらやるかもしれない。
それよりも、出雲みたいな猫の目のように天気が変わるところで、吊るし柿を雨にあてないように出したり入れたりする方が大変だ。
17日は晩秋の好天だったが、18日は終日冷たい雨。降ったりやんだり、突然激しい雨になる。今日19日も朝から雨。突然激しい雨が降ったかと思うと、雹も降る。そしてにわかに明るくなると、青空まで覗き、また曇って雨になる。日一日冬が近づいている。

一畑薬師へお参りした時、『島根半島四十二浦巡り再発見研究会』なる研究会があることをパンフレットで知り、そのパンフで募集していた表題のツアーに参加する。
11月17日。素晴らしい好天。
出雲大社で御饌井(みけい)祭見物→北島国造館・命主社(いのちぬしのやしろ)・真名井の清水→日御碕で昼食→隠が丘(かくれがおか)・日御碕神社→大社に戻り手銭記念館→古代歴史博物館で現地講座『出雲国造の祭祀にみる古代人の【いし】信仰』講師は引率の関和彦先生。会費7000円。35名参加。
地元でもただ見るだけでは勉強にならない。講師の解説があれば勉強になるので大いに期待して参加する。
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拝殿西側

御饌井の
井戸

千家宮司が祝詞をあげている




御饌井の祭は出雲大社の祭ではない。千家国造個人の祭である。11月23日の新嘗祭に使う水を汲む。国造も秋になると生命力が減ずる。それを回復するために相嘗(神と食事)をする。それが新嘗祭である。その祭の中の重要な儀式に『歯固』がある。
この儀式に石が関わる。これが今回の研究テーマのスタートである。
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☝命主社の裏の竹藪にある大岩


☜命主社




北島国造館の東にある命主社。ご神体はそもそもは大きな岩であった。その大岩は裏山の上の方にあったのが、落ちて来て、すぐ裏の竹藪にあるというお話。古代人の「いし」信仰の一端が窺われる。
イメージ 4命主社のさらに東にあるのが「真名井の清水」
新嘗祭の「歯固」に使う石はここの水で清められる。
二個の小さな石を千家宮司が噛んで吐き出す。
昔は千家・北島両家が神門川で4個の石を取って来て、2個ずつに分け、真名井の清水で清めたと言うが、現在は行われてはいない。
なぜなら明治になって、一神社一宮司となり、出雲大社の宮司は千家となったからである。小石も今はここで取って来る。


この後、バスで日御碕へ。
かじめ丼800円なり。かじめとよばれ海藻をどろどろにしたものをご飯とかきまぜて食う。美味かった。
昼食後、隠が丘と日御碕神社へ。
日御碕なんて子供のころから来ているが、隠が丘は初めて。
日御碕神社へ歩いて行くのも初めて。
いつも車なので、こんなに近いとは思わなかった。

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隠が丘。
根の国に行った素戔嗚尊(すさのおのみこと)が、柏の葉を投げ、この葉が落ちたところへ自分を葬れと言った。その葉が舞い上がって飛んで落ちたところがこの地。素戔嗚尊を葬ったので隠れ丘と呼ばれている。
今はこの近くの日御碕神社に天照大神とともに素戔嗚尊も祀られていて、ここはただ木が生い茂っているだけ。
海岸沿いの道を降りて行くと日御碕神社に出る。
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👇日御碕神社

祭神は天照大神。

別に素戔嗚尊も祀られている。








この後、大社へ戻り、手銭記念館を見学した後、古代出雲歴史博物館で表題の講演。
一般の参加者もあり。講師の関先生は春の風土記の講演で、古代人の信仰の原点(今のような神社や鳥居などない時代)について、私にとっては目から鱗の講演をされたので、この日をとても楽しみにしていた。
日本書紀の雄略天皇の条に皇女が孕んだと噂を流した者がいた。皇女は自害するが、遺体を捜して、腹を割いたら石が出て来たので身の潔白が証明されたと言う話があることについての解説。即ち、ここでは石が真実を示す確固たるものとされている。
この他にも、天岩戸から出て来た天照大神と弟の素戔嗚尊が盟約を結ぶ時、素戔嗚尊は天照大神が身に付けていた玉の装身具を真名井ですすぎ、玉をかみ砕いて、パッと口から霧のように吐き出す。すると五人の神が生まれる。天照大神も同じように素戔嗚尊の玉を噛み、吐き出すと三人の女神が誕生する。
五人の神の長男は天皇家の祖であり、次男は出雲国造の祖とされている。
出雲国造が御饌井の祭で石を噛んで吐き出す仕草との類似を教えられる。
他にも、山幸彦が海底に行き、玉を口に含んで器に吐いた行為。
山上憶良の鎮懐石と言う二つの石を詠んだ歌などを例に、精神世界の「魂」が具象化されたものが生活世界の「玉」なのだと説かれる。
そして、出雲の「石神」さまと呼ばれているものに、鳥居の起源を求める。
昔の神社の絵には神社の前に大きな岩を二つ並べたものがある。
玄界灘の沖の島にも二つの岩があり、舟はその間を通って島へ渡る。ここでも岩は鳥居の役目をしている。
関先生は川は神の通り道と言われる。例えば川の両側に山が迫り、ぐっと狭まった場所こそ、山が門であり、大きな鳥居なのだと。
他にも沢山の話があり、詳しく書くとこの何十倍にもなるので、簡略過ぎるぐらい簡略に書いてしまい、筆が足りないところや間違いもあるかもしれないが、こういう世界に遊ぶ楽しさの一端でも知ってもらえればと思って書きました。

イメージ 1やっと念願の写真撮影に成功する。
わが家の近くの川。
三、四年前に妹が鶴とお婆さんの写真を撮影し、それ以来、私も写真を取りたかったのだが、時間が合わなくて半ばあきらめていたのだ。
今日の夕方の5時、車で通りかかったら対岸に発見。車を駐め、鶴を脅かさないようにそっと近づき、20mほど離れた場所からガラケーで撮影する。
お婆さんは土地の人ではなくて、当地に移って来てから朝夕餌をやっているらしい。昔、妹が撮影した写真では鶴とお婆さんはもっと近寄っていた。
その時、妹が近づいても鶴が逃げなかったので、お婆さんが驚いたと聞いていた。
「知らない人が来たら逃げるのに、あんたはよっぽど優しいんだねえ」と、お婆さんが感心したと自慢していた。
鶴が逃げたらいけないので、それ以上は近づかず、遠くからお婆さんと話す。
お婆さんが地元の人から聞いたところによると、何とこの鶴は20年前からこの川に居ついているのだそうだ。私は完全帰郷するまでには、ちょくちょく里帰りしていたが、そんな昔から鶴がいたとは全然知らなかった。
イメージ 2これは、前日の15日に撮影した写真。
鶴と白鳥。この白鳥は2、3年前から居残った白鳥。
夏の間はそれぞれ自由に行動していることが多いが、秋も深まって来たら、なぜか二羽が寄り添うようになる。毎年の光景である。
孤独を慰めあっているように見える。この季節、人間だって寂寥がつのる。
また、こうも思う。
もう少ししたら、北国から仲間がやって来る。だが、この二羽には仲間は来ない。来ないことが分かっているので、寂しい二羽は今から寄り添い、冬を越そうとしているのではないかと。
頑張れ、お婆さんがついているぞ。
イメージ 3
吊るし柿は作らないつもりだったが、母に聞いたら、作りたいと言うので、980円で30個入りを買って来る。
ボケ防止になるかと、一人で全部やらせる。30個全部自分で剝く。
吊るし柿に詳しい人に聞いて、熱湯に3秒漬けてから、妻の元の部屋の前に吊るす。
今度はカビが来ないように、雨が降ったら取り入れるなどして、こまめに世話をしてみよう。
昨日から急に寒くなって、風が冷たくなった。いい吊るし柿ができればよいが。
来週、妻が外泊で戻って来る。
縁側の窓に揺れる吊るし柿を見て、きっと喜んでくれるだろう。

昼は特養へ行って、いつものように日光浴して、一緒にお昼を食べた。
14時からは、家庭裁判所の出雲支部へ行き、『後見人等説明会』に出る。今日も忙しかった。

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