曽田博久のblog

若い頃はアニメや特撮番組の脚本を執筆。ゲームシナリオ執筆を経て、文庫書下ろし時代小説を執筆するも妻の病気で介護に専念せざるを得ず、出雲に帰郷。介護のかたわら若い頃から書きたかった郷土の戦国武将の物語をこつこつ執筆。このブログの目的はその小説を少しずつ掲載してゆくことですが、ブログに載せるのか、ホームページを作って載せるのか、素人なのでまだどうしたら一番いいのか分かりません。そこでしばらくは自分のブログのスキルを上げるためと本ブログを認知して頂くために、私が描こうとする武将の逸話や、出雲の新旧の風土記、介護や畑の農作業日記、脚本家時代の話や私の師匠であった脚本家とのアンビリーバブルなトンデモ弟子生活などをご紹介してゆきたいと思います。しばらくは愛想のない文字だけのブログが続くと思いますが、よろしくお付き合いください。

2016年12月

今年最後のブログ、師匠のトンデモ話にしようか、ちょっといい話にしようか迷ったが、後者にした。
 
「この言葉はなあ、ベルレーヌが一夜にしてパリの文壇で有名になった時の感慨を言ったものなんだよ」
師匠の口からフランスの詩人の名が出て来て吃驚した。これほどミスマッチな取り合わせはない。弟子時代、師匠が読書しているところは見たことがなかった。ましてや詩やフランス文学なんて。万葉や古今新古今さえ口にしたことはなかった。銀座で豪遊したり、女優と浮気したり、プロデューサーをぶん殴ったり、そんな武勇伝ばかりだったから。
「選ばれたる者の恍惚と不安。いいものだぞお」
師匠は遠くを見る目で恍惚と呟いた。
脚本家デビューした時、未来の巨匠も不安はあったそうだが、その何十倍も恍惚とした喜びに浸ったと語った。
「俺はなあ、お前にもこの言葉を味わってもらいたいのだよ」
そう言う師匠の目は確かに愛弟子を慈しむものであった。心からの声だった。こんなことを面と向かって言われたら、給料を払うと言って払ってくれない師匠であっても、もう少し頑張ってみようかなあと思う私であった。

この時のことは忘れられなくて時々思い出していた。ベルレーヌの言葉とともに。
師匠が死んだ後も。長い間ずっと。
ふと先年、何気なくこの言葉を調べてみた。
すると、この言葉は、ベルレーヌの「信仰詩集」の中にある詩の一節と分かった。
ベルレーヌは敬虔なキリスト教信者で、ここに言う「選ばれたる者」とは、「神に選ばれた者」であり、「恍惚と不安」とは、神に選ばれた信仰者の心を表す言葉だったのである。信仰に関わる深い言葉で、師匠が言うように、文壇や社交界のような世俗で有名になることとはまるで違っていたのだ。
私はのけぞった。何十年も信じていたのに。
「先生、違ってるじゃないですか」と叫んでいた。
師匠とベルレーヌなんておかしいなあと思っていたことが当たっていたのだ。
師匠はどこでどう間違ったのか、完全に意味を取り違えていたのだ。いかにも師匠らしいと言えば師匠らしいのだが。
だが、今では私は師匠が思い込んでいた通りに受けとめようと思っている。
師匠ほどの「恍惚と不安」は味わってはいない。もし、味わったとしても、師匠の何十分の一である。でも、師匠には伝えたい。最初の時代小説が出た時は嬉しかったですよと。特に妻が倒れた年に書いたものだから。シナリオでは師匠を追い抜けなかったので、小説では追い抜こうと思っていたのだが……。もう少し頑張って師匠を追い抜きたい。

始めたばかりのブログで勝手もわからず、好きな事を書き散らし、何でもありの内容に戸惑われた方もいらっしゃると思います。来年からは、小説「石見岩山城主多胡辰敬」を掲載しつつ、書き続けて行こうと思っております。来年もよろしくお願いいたします。













多胡辰敬の家訓と言われるものは26条(項目)ある。短いものはほんの数行から、長々と書き連ねたものまである。その一番目は読み書きの大切さを説いている。
「人と生まれて文字文章が書けないのは誠に見苦しい」
「意味の通った文章が書けず、情のこもった内々の手紙まで代筆させ、女性の元へ遣わすのは、人の皮を着た畜生同然である」
家訓の冒頭いきなりこの文章に出会い、私は思わずにたりと笑った。
ラブレターも自分で書けないようでは、人とは言えないぞと戒めているのだ。
戦国時代の出雲にこんな武士がいたとは。一体どんな男だったのだろう。どんな育ちをして、どんな教養を身につけたのだろう。たちまち多胡辰敬と言う武将の虜になってしまった。
こんな文章を書くぐらいだから、この人はラブレターを書いたことがあるに違いない。連歌の達人として知られていたから、そのラブレターにはきっと恋の歌が認めてあったに違いない。どんどん想像が膨らんだ。
さらに、この家訓の魅力を深めているのは、実はこの家訓は誰に書いたものか分からないことにある。
家訓と言うからには子孫に残すものであるが、これはどうも多胡家の子孫のために書いたものではないらしい。研究者にも色々な意見があるようだ。
一体誰のために書いたのか。
そこを明らかにすることが、私の拙い小説のテーマにも通じると思っている。

イメージ 1
 
           「岩山の麓から日本海を望む」
中央から右に波根(はね)湖があったが、戦後干拓されて水田になってしまった。
波根湖には尼子の水軍があったようだ。波根湖を渡ればすぐに出雲国であるから、岩山はまさに石見国と出雲国との境を守る位置にあったのである。




























行きも帰りも天気が悪く、名峰伯耆大山(だいせん)の写真を撮影できず。
撮れたら、「国引き神話の綱を巻き付けた山です」と紹介するはずだったのだが。
帰りは大雨。しかも、夜。滅多に高速を走らない私は、本当はこんな天気では帰りたくなかったが、94歳の父を一人留守番させているので、どうしても帰らざるを得ず、母と母の妹を乗せ、まなじり決してハンドルを握る。間違えて高速を降りるへまをしでかしながらもなんとか戻る。
実は親戚の葬儀で大山の近くまで行った次第。
従兄弟たちには帰郷してから二回会っているが、長く話し合う時間はなかった。今回は葬式と言う忙しい中ではあったが、泊りだったので話す時間も出来た。
彼らも母のもう一人の妹の子で、男ばかりの三兄弟。
夏休みには母の実家に大阪から里帰りして来て、山口から帰って来た私たちと朝から晩まで、例の「お殿様が住んでいたんだよ」と言われた裏山の周りで、トンボや蝉や蝶を捕り、家の前の川で泳いだり、スイカを食ったり、花火をしたりした。
その長男は私より一つ下で、いつもつるんで遊んだ。
その彼も、実は妻の介護をしている。
私の妻と病いは違うが私より介護歴は長い。今回も妻は東京に残して帰郷していた。
「介護だけで人生終わりたくないからなあ」と言うと、彼もそう思うと言う。
子供の頃、仲良く遊んだ従兄弟同士が、何の因果か仲良く介護をしている。
お仲間なのだが、よくよく考えてみれば介護だけが特別なものではあるまい。
介護だけではない。人生には色々な問題がある。みんな、何かしら抱えている。介護プラスアルファもあるし。抱えていない人はいないだろう。そう思えば、みんな、お仲間なのだ。あなたも、私も、どちらさまも。一泊二日でそう思った。








有馬記念は単勝一番人気、馬連一番人気で威張れたものではないが、馬券は何通りも買わないので、一応プラスになった。
病院を出た後、喫茶店でパソコン開いて資料整理している途中、携帯のワンセグで競馬放送を見たのだが、目が悪い上に、画面は小さいし、なぜか音声が出ないので、混戦になるといつもひやひやさせられる。
少しだけいい気分で、年末に向けて態勢を整えようと思っていたら、急に鳥取県の親戚に月、火と一泊二日で行かなければならない用が出来た。
何年振りかにのんびり有馬記念やったり、年末に一泊二日で家を空けられるのも、妻が入院しているからこそである。
毎日、病院へ行って、お昼を食べさせていたが、二日休ませてもらう。
以前、この病院には個室がないと言っていたのは間違いで、ちゃんと個室はあった。当たり前か。ただし、差額ベッドではない。個室も大部屋と部屋代は同じ。容態をみて、必要と思われる患者を個室に入れるシステムである。妻のように声を上げたりして迷惑をかける患者は個室である。これには本当に助かっている。
地域包括病棟は積極的リハビリはやらないが、現段階では食事の時だけ車椅子に移って食事が摂れるまでに回復した。今日は姿勢もよかったし、痛みも訴えなかった。
入院期間は2ヶ月と決まっているので、2月9日までは居ることが出来る。
それまでに、どこまで回復するかだ。
毎日、骨を強くする注射(カルシウム)もしているのだが……。
入院して早や一ヵ月を過ぎた。一月なんてあっという間である。正月もあるからうかうかしてはいられない。
鳥取から戻ったら気合を入れよう。
一泊するところは伯耆大山(だいせん)の近く。春夏秋はとてもいい所だが、冬は行ったことがない。もちろん車で行く。タイヤ交換はしているが、雪はまだ降らないだろう。スキー場には積もったが、溶けてしまったとニュースでやっていた。









「逃げ恥」と言う番組が人気らしい。TVドラマは見る暇がないので見たことはないが、その伝でいけば、ブログは「書き恥」。書き恥ついでに、有馬記念の予想をすることにした。有馬記念を話題にさんざん人様の事を書いて申し訳ないなあと言う気持ちがあるのと、流れから言っても、有馬記念をスルーしたら洒落にならない。
だが、私は最近は単複しか買わない。それも日曜のメインレースだけ。予想する時間がないから。単複なら外れても損は大したことない。結局それが競馬を長く楽しむ秘訣なのだ。3連単で大儲けしようなんて大それたことはこれっぽちも考えていない。
競馬をやめてしまうと、世間との付き合いが一つ減ってしまうような気がして、それではあまりにも寂しいのでやっているのだと思う。
そこで、予想だが、⑪サトノダイヤモンドの単勝を買う。菊花賞を圧勝した馬が2キロ減で出られるのは有利だと思うから。しかし、前売り2番人気の3倍である。いくら単複しか買わない主義でも、これではつまらん。複勝はさすがに買わない。
①キタサンブラック(馬主・北島三郎)との馬連①⑪一点を買う。しかし、①が一番人気だから、①⑪も一番人気で前売りで4倍台だ。あれも怖い、これも来るかも、なんて考えていたらきりがない。配当は安くても、両方とも好きな馬だから、この2点で楽しもう。馬場さんや星山さんはもう買えないのだから、買えるだけで幸せではないか。馬場さんのように「サトノダイヤモンドとキタサンブラックで決まりだよ」と言おう。
とは言え、一頭怖い馬がいる。それが恐怖のシルバーコレクター・⑥サウンズオブアースだ。こいつが二頭の間に割って入る可能性がある。
3連単⑪⑥①、保険をかけて3連複①⑥⑪
有馬記念はお祭りだから、もう少し遊んでもいいだろう。
迷いが出て、直前に変えるのが嫌だから、早々とブログにアップする。







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