ブロンドと金髪の違いを知ってますか?
私は知らなかった。実は今もって知らない。
それには理由がある。
 
弟子時代のある時期、シナリオの仕事がしばらくないことが続いた。来る日も来る日も師匠の側で雑談の相手をして、今日も無為に一日を過ごしたとため息をつきながら下宿に帰るのが日課になっていた。仕事がない時ぐらいは自由にさせて欲しいと切実に願ったものだが、師匠の考えでは弟子とは常に側に居るべきものだったようだ。
そんなところに仕事が舞い込んで来た。
東スポのコラムである。東スポと言えば、勿論あの「東京スポーツ」だ。
ン十年間、変わることなく、プロレスとお色気を売り物の編集方針を貫くアッパレな夕刊紙である。家庭には持って帰れない。帰宅の電車の中で広げて読むのもちょっと勇気のいる新聞である。
2017年現在、出雲では前日の夕刊が朝のコンビニで「大阪スポーツ」として売られている。九州では「九州スポーツ」である。名古屋は「中京スポーツ」と言うのがあったような記憶がある。東北北海道は行ったことがないから知らない。
その東スポの仕事だから、まとも(?)なコラムであるはずがない。
師匠が映画界において体験したお色気話を一ヵ月間連載するというものであった。コラムだから文章量はたかが知れている。こんなものを何日もかけて書くのはまどろっこしいので、師匠は2、3日で30本近い話を書き上げ、まとめて渡す約束で書き始めた。
勿論、口述筆記である。久しぶりの仕事とはいえ、こんな仕事の口述筆記に私のやる気が出るわけもない。シナリオの口述筆記なら、勉強になるから必死にやるのだが、東スポのお色気コラムなんか(と、心の中では思っていた)、ただ早く終わって欲しいだけであった。
師匠も楽な仕事で金になるからやっている訳で、さっさと終わらせたい気持ちはみえみえであった。ところが、こんな仕事は簡単に終わると思いきや、師匠は7、8本でネタ切れになってしまった。映画界でさんざん遊び回って、女優なんて片っ端から頂いたと豪語していたのに、
「いくら俺でもそんなにある訳ないよなあ……」
書けない話もあるのだと弁解する。聞けば確かにそれは書けないだろうなという話であった。
仕方ないので、師匠は見て来たような話をでっちあげることにした。映画界でよくあるような話であるが、途端に口述のペースが落ちた。やはり身をもって体験した話と、本数稼ぎにでっちあげる話とでは、お色気コラムの文章一つとっても勢いが違う。やる気のなさが露わになる。
口述筆記する私もそれに合わせるかのようにますますやる気が失せる。
早く終わらせたいのに、やる気の出ない師匠と、これまたやる気のない弟子の地獄のような口述が続く。
そんな口述をしていて、たまたまその当時のアメリカの人気女優のアンダーヘアの色を書く場面になった。
「おい、ブロンドかなあ、金髪かな」と、不意に師匠が聞いて来た。そんなの分かる訳がないから、「そんなのわかりませんよ」と、答えるしかない。
それでも師匠は「どっちだろう」と、自問自答を続け、一向に先へ進もうとしない。
早く進めて欲しい一心の私はいい加減じれていた。師匠がまたもやしつこく「ブロンドかなあ、金髪かなあ」と聞いて来た時、私は思わず「どっちでもいいんじゃないんですか」と言った。私はブロンド=金髪と思っていたから、本当にどっちでもいいと思ったのだ。
その時である。途端に師匠の態度が一変した。持っていた鉛筆をバシッと机に叩きつけると、「やめた」と、一言。
瞬間、私も「しまった、やばいことを言ってしまったようだ」と思うも、後の祭りであった。
壁を睨みつけていた師匠が、私を振り向きぎろりと睨んだ。あんな怖い顔を見たのは弟子時代に3回ぐらいあって、その最初だったからよく覚えている。般若のようであった。
「馬鹿野郎、ブロンドと金髪は違うんだ!」
大声で怒鳴りつけられた。どう違うのかは言わないが、そう言われたら、私としては「そうなんだ」と思うしかない。
「お前になあ、そんなこと言われて、書けるか。俺はもう書かん。やめた」
机の上に足投げ出して、師匠は本当に仕事を放棄してしまったのだ。
私は愕然とした。締め切りは明日なのだ。今夜中に口述し終わり、徹夜で私が清書して、明日の昼前には原稿を渡さないといけないのだ。
師匠が怒った気持ちは分かる。こんな仕事と内心忸怩たるものがあったところに、はからずも弟子までもが投げやりでやる気のない態度を見せたのだ。今で言うところの、キレてしまったのだ。
私は困った。この仕事は約束通りにあげないと、原稿料が予定の日に入らないことになる。そうなると大変困ることになる事情を知っていたから、本当に慌てた。私の失言のせいでそんな事になったら、どんな顔をして弟子を続けたらいいのか。今日追い返されたとしても、明日はどうすればよいのか。
気まずい沈黙の中で、「どうしよう、どうしよう」と、焦りに焦りまくった。途方に暮れた。その時、はっと『あの時の光景』が蘇った。
それは、半年ぐらい前の事だったろうか、師匠が書いたTVの脚本に対して、あるプロデューサーが「お弟子さんが書いたんじゃないんですか」と言ったことがあったのだ。確かにその脚本は私がみても出来の悪い脚本だった。そう言われても仕方がないくらい。師匠はシナリオを書くのに飽き飽きしていた上に、糖尿病も悪くなっていた。気力も体力も失せていたのだ。
しかし、師匠は怒る時は烈火のごとく怒った。
「何だとおっ、俺はなあ、弟子に本を書かせて、それをそのまま出すような真似はしねえんだ」
と、受話器に怒鳴ったのであった。
翌日、その制作会社のプロデューサーは局プロに伴われてやって来ると、部屋に入るや、土下座して謝ったのであった。
私はその光景を思い出したのである。もうこれしかない。
私はがばっと土下座した。「申し訳ありません。どうか口述して下さい。お願いします」と、頭をこすりつけたのであった。
師匠は面食らったようであった。まさか、私が土下座するとは想定外だったらしい。
師匠はしぶしぶ口述に戻ったが、さすがにアンダーヘアーの色のくだりはカットしてしまった。
口述する時は、常に身振り手振り声色まで使う師匠が、仏頂面でエロ話を語るのだ。いやはや気詰まり極まりない地獄のような口述だった。

そんなことがあって、ブロンドと言う言葉と、金髪と言う言葉が、私のトラウマになってしまったのだ。その違いを調べようと言う気も起きず、今日に至ってしまったと言う訳だ。
「師匠、あの時はすんませんでした。ところで、ブロンドと金髪はどう違うんでしょうか。教えてください」
そう言える人間だったらよかったのに、私は若過ぎた。今になって、自分の至らなさを申し訳なかったと思う。師匠はどれだけ不快な気持ちを我慢したことだろうと。