26日の朝4時に起きて、出雲に戻る。2便から後の飛行機が全部満席で、7時25分発の飛行機しかなくて、眠い目をこすって羽田に。前夜が高校のクラス会で寝たのが12時だったからさすがにきつかった。
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24日はライター仲間と飲んだのだが、その前に渋谷文化村で一緒に「河鍋暁斎展」を見る。飲む前に美術鑑賞なんて、粋な事を考えてくれる。
博物館や歴史館には出雲でたまには行くが、純粋な絵画の鑑賞なんて十数年ぶり。
すっかり忘れていた贅沢な時間に浸る。
天才と一口にくくるのは簡単だが、「卓越した技量があってこその作品群だなあ。天才でも随分修業したのだろうなあ」と、作品の背後にある見えない努力に感動する。
そして、能力がある人は多作であることも改めて教えられる。たくさん描いても擦り減らないのだ。
私たち凡人とはそこが違う。




昨夜25日は今回上京の目的であった高校のクラス会。
私は2年ぶり。ニュージーランド居住の友が一時帰国したので急遽企画したもの。
去年も集まりがあったばかりなのに、久しぶりの友のために15名も集まる。ひとえに幹事さんのお陰だが、私たちのクラスは同期会でも常に一、二の参加数を誇る。
クラスメートは偶然の集まりだが、偶然集まった者たちが、高校2年、3年と青春の2年間で未だに気持ちよく集まれるクラスに作りあげて行ったのだろうなあと思う。
私たちの高校は杉並区にある都立高校だったが、何と何十年も昔のあの当時、制服がなかった。男子は下駄ばきに学生服、お洒落な奴らはセーターを着ていた。女子も3年生になったら女子大生みたいな恰好をしている者もいた。ぴちぴちのタイトなスカートをはいて、お尻をぷりぷりさせて闊歩していた。
1年生の時、衣替えでピンクのブラウスを着て来た女の子がいて、目まいがしたものだ。悪友が私の耳元でそっと囁いた。「おピンクちゃん」。私たちはにたっと笑った。
退職した者、未だに現役バリバリ、趣味に生きる者……。
10人いれば10人の人生色々。
女の子で博士になって、漱石の評論を出版している人もいた。そのタイトルが「磁場の漱石」。凄すぎる。一気に全部は読む自信がない。少しずつ読もう。
二日間の休日は終了。
休みに付き合ってもらった人たちに感謝する。