曽田博久のblog

若い頃はアニメや特撮番組の脚本を執筆。ゲームシナリオ執筆を経て、文庫書下ろし時代小説を執筆するも妻の病気で介護に専念せざるを得ず、出雲に帰郷。介護のかたわら若い頃から書きたかった郷土の戦国武将の物語をこつこつ執筆。このブログの目的はその小説を少しずつ掲載してゆくことですが、ブログに載せるのか、ホームページを作って載せるのか、素人なのでまだどうしたら一番いいのか分かりません。そこでしばらくは自分のブログのスキルを上げるためと本ブログを認知して頂くために、私が描こうとする武将の逸話や、出雲の新旧の風土記、介護や畑の農作業日記、脚本家時代の話や私の師匠であった脚本家とのアンビリーバブルなトンデモ弟子生活などをご紹介してゆきたいと思います。しばらくは愛想のない文字だけのブログが続くと思いますが、よろしくお付き合いください。

一昨日、コメダ珈琲でパソコンに向かっていたら昼前に特養から電話。いつもドキッとさせられる。昨日から腕が痛いとしきりに訴えるので救急で県中(県立中央病院)へ行くので立ち会ってほしいと言う。コメダと県中は目と鼻の先なのですぐに救急に行く。すでに妻は診察中。付き添いの看護師さんと骨折とか神経系統の変な病気にかかってなければよいがと心配していたら、幾つか検査をした結果、蜂窩織炎と分る。ばい菌が入って炎症を起こしたと思われるので、今日は抗生物質の入った点滴を受けて特養に戻り、改めて二日後の金曜日に皮膚科で診察を受けることになる。点滴は時間がかかるので点滴の終わりの頃、処置室で1年7ヶ月ぶりにガラスなしで長時間面会することが出来た。炎症を起こしている左腕が痛むせいもあって相変わらず喋ることが聞き取りにくいが、念願のマッサージをしてやることが出来た。と言ってもただ撫でるだけだが。本当は体を横にして背中をマッサージしてやると喜ぶのだが腕が痛いのだから望むべくもなし。何とか会話もする。俺が誰かわかるかと聞いたら、「スチュワートさん」と言われる。
誰じゃ、それ。それでも「お父さん」と言った時もあったからよしとしよう。点滴が終わり「皮膚科でよかったねえ」と看護師さんと笑顔で別れる。

そして、今日15日が皮膚科診察の日。11時に県中で妻と合流。
儂も職員さんも、皮膚科の診察を受けたらすぐに終わるものだと軽く考えていた。
妻は肘が痛いと訴えていたが、診察したら赤みを帯びているのは二の腕から肩の辺りで、先生は炎症を起こしている範囲をマジックでマークする。
熱は37.8、脈拍120、血圧169。脈拍と血圧はとても高い。熱は炎症のせいらしい。ばい菌を調べるための血液検査とかあって、延々待たされる。その間、救急の時よりもずっと長い時間一緒に居られる。
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左の写真)マッサージもたくさんしてやれた。足の裏を揉んでやると喜ぶのも以前と同じ。痩せていることを心配していたが、肉付きは良かった。体重は53㎏あると言うので安心する。一時食欲不振で48㎏まで落ちたことを考えたら太り気味の方が安心する。
右の写真)抗生物質の入った点滴を受ける。

「あっ、お父さんの声だ」と言ってくれた時は嬉しいのよりほっとしたのが正直なところ。
昔は看護師だったから病気のことは正直に教えている。「蜂窩織炎だって、どんな病気かわかるだろう」と聞いたら「ばい菌がムニャムニャ」と言っていたから、分かったのだろう。
だが、とりとめもないと言うか、脈絡のないと言うか、訳の分からない話は相変わらず。
「ヒロアキ兄ちゃんに電話しろ。ヒロアキ兄ちゃん来るから。何か食べるから。チャーハンかどうせ野菜いため」とか、
「今日の夜おでん」儂が「おでん?」と問い返すと「喜ばないの」とか、
『憧れのハワイ航路』を口ずさみ、「ああ、憧れのホーカシキエン」とか、
色々検査した結果、抗生物質の点滴が一番いいだろうと言うことになる。それには入院がいいのだが、先生は特養でも対応できるか問う。
職員さん、曰く。昼間は医療行為をできる者がいるが、夜間は医療行為は出来ない。抗生物質の点滴は不可能。先生は妻の認知症を心配していて、急に環境が変わって騒いだり暴れたりして治療できなることを恐れていた。妻は何度も長期入院したことがあって大丈夫であること、部屋は個室にすると言うことで1週間の入院が決まる。入院手続きなどをすませて病院を出たのが4時前。長かった。でも、抗生物質の点滴で治るのだから喜ばなければならない。入院中は面会できないが、1週間後退院の時、また会える。
職員さんとも話したのだが、いつ面会解除をしたらいいのか悩んでいるそうだ。

6日の水曜日に娘が妻とオンライン面会してくれた時の話が面白かったので紹介する。娘はスマホで妻は職員さんにタブレットを見せてもらう形式。ちょうど赤ん坊がギャン泣きしていて映像でも見ることが出来たので、妻は「可愛い、可愛い」とめろめろになり、「おばあちゃんが泣き止ませてあげる」と歌い出したのが妻の出身校である熊本県立濟々黌高校の校歌。この校歌は明治45年に創立30周年を記念して制定されたというから学校も古いが校歌も相当に古い。4番まであるのだが、妻は3番まで歌ったと言うので長いけど3番まで紹介する。
1          
碧落仰げば偉なる哉   
渦巻く煙幾百丈
世界一てふ大火山
我らの意気を示さずや
銀杏城東龍山の
翠を占むる濟々黌
滾々尽きぬ白川に
宏壮偉大の影うつす
2
往昔懐へば遠き哉
同心の友集まりて
道を講ずる一茅舎
金石透す赤誠の
心筑紫の杜鵑
声は雲井に聞こえてや
恩命一下我黌の
無比の光栄銘せよや

終始一貫渝らざる
教えは知れよ三綱領
「清明」「仁愛」「剛健」の
三徳之れがもとゝとなる
ふりさけ見れば碧万里
暾出でんず大海原
宇宙の偉観清新の
景趣はやがて我理想

卒業生でもない者には、意味不明の語句や読めない語句があるだろうが、実は自分も読みが分らない漢字がある。妻はまだ病に倒れる前から昔を懐かしんではよくこの校歌(濟々黌では黌歌と言う。母校は母黌と言う)を歌っていた。だが、その時も一番までで、興が乗ったら二番まで、それも途中までが多く、三番を歌った記憶は儂にはない。だから三番まで歌ったと聞いてびっくりしたのだ。
孫が可愛かったのだろう。嬉しかったのだろう。妻が喜んでくれたことが嬉しかったが、儂は三番まで覚えていてくれたことが嬉しかった。脳に重いダメージを受けているはずなのに失われていないものがあることに感動する。
大学と言う所に行かなかった妻の青春は濟々黌で終わっている。妻の人生で一番楽しかった時、自分でもいつもそう言っていた。一番輝いていた時の思い出が黌歌という歌になって蘇って来るのだろう。妻が病気であることを忘れさせてくれる一瞬に立ち会えると希望をもって前に進もうと言う気持ちになる。最後に妻は「大学に行くためには本を読ませなさい」と言ったそうな。
赤ん坊はその後すやすや寝たそうだ。
赤ん坊は大きくなって母から聞かされるだろう。
「おばあちゃんはね、子守歌に濟々黌の黌歌を三番まで歌ったんだよ」と。

12年前の妻の語録。三番まで歌いきれるとは知らなくて、一番を歌っただけでもすごいなあと褒めていた。
語録(31)

2009.1.3

「モモちゃん、幸せだよ。お前に顔を拭いてくれるタオルくれる人いないだろう」

(仕上げに拭いてやると)

「もういいよ、うるさい」

2009.1.4

(風邪をひいていたので)

「正月早々えらい目にあったな。身体もだるかったろう」

「家の仕事、何もしたくなかった」

2009.1.6

(はみがき仕上げをやったら)

「しつこ過ぎる」

「しつこいのはお父さんの性分なの」

「はみがきで殺されたなんて知らないぞ」

2009.1.8

(料理する俺を見ながら)

「こういう目で待ってるよ」

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「何でも自分で作るのね」

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「ヒデキお兄ちゃんの作ったおにしめなんか美味しいだろうな」

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「モモ、お母さん、お茶もらうんだよ」

2009.1.9

「お父さん、夕食がんばってね。がんばって食べようね」

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「アキちゃんはね、お父さんみたいに鼻高くないよ。あんまりよく見たらいかんけどね」

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(ご飯の途中キスしたら)

「モモ、見たか。お父さん、こんなに優しいのだぞ」

2009.1.10

「お父さん、昼寝しよう。いっしょに寝てあげるから昼寝しよう」

2009.1.11

「私を立たして。モモを後ろから追い出す」

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「左足が痛い」

「揉んでやるよ」

「忙しいからいいよ。そっちだって」

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「ヒロアキ兄ちゃん、ピーナッツちょうだい」

「俺、ヒロアキ兄ちゃんじゃないよ」

「ごめん、ここ、ヒロアキ兄ちゃんのとこだったから」

2009.1.12

「急に寒くなった。学校から帰る時そう思った」

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「今日はいっぱい歩いたからすぐ眠れそう」

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「飛行機を土井先生の横にとめてもらうの。みな驚くよ。川尻始まって以来だって。飛行場あるのに、みな、土井先生の横に止めるようになったら、土井先生、困るよ」
※土井先生は近くのお医者さん。今はもうない。

2009.1.21

「お父さん、いつもかっこよく立ってられていいね」

2009.1.22

「お父さん、目の下にくまがあるね」

※邦子はクマ一つなく、しわも一つない顔になった。

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「ヒロアキ兄ちゃん、今日手術するから付き合ってね」

2009.1.25

「(夕食)まだできていません。すみません」

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「お父さんが死んだらお父さんと呼ぶよ。戻って来てね」

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「お父さん、いつも死ぬ死ぬと言うの、すごくいやなの」
※夢の中の話か何かだと思う。

2009.1.29

(着替えか何かをしていて)

「荒すぎるよ」

「ごめんごめん」

「お前も今度そうしてやる」

2009.1.30

(パット交換時、暗いところで)

「お父さんね」

「誰だと思った?」

「誰かと思った」

2009.1.31

「お父さん、げた箱の中からアンパンとって」

2009.2.6

「お父さん、あそこまで立てない」

(カステラのある所まで)

2009.2.8

「ヒロアキ兄ちゃん」

「ヒロアキ兄ちゃんじゃないって」

「うん、お父さんと言えばお父さんなんだけど……」

2009.2.9(夜)

「おむつ替えて、ずぶ濡れ」

開けてみたら全然濡れていない。俺の顔を見て

「なんか違うみたい」

2009.2.10

「私ね、普通の人とちょっと違うの。みかんが大好きなの」

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「ヒロアキ兄ちゃんにいろいろやってもらって、感謝感謝感謝」

2009.2.11

「ごはん遅くなってごめんなさい。私も疲れてるの」

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「お父さん、自分の鼻見える?」

「ちょっと目をつむったらこの辺が。お前は?」

「見えない、ふ、ふ、ふ」

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「お父さん、最近、すっかり週刊誌買わなくなったねえ」

⇒「おつとめ行かなくなったねえ」

⇒「稽古しなくなったねえ」

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「お父さん、愛しているからしっかりお茶入れてね」

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「モモ、かわいいねこ。可愛いけど返すの」

「えっ、どこへ」

「向こうの三軒の家の……お父さんがいやだなと思っている家へ」

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「寒くはないけどお金はない」

2009.2.12

「そんなにしないで、人形じゃないんだから。蹴飛ばすことだってできるんだぞ」

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俺「(邦子が)戻って来てから5年になる」

「戻って来たって、それまでどこに行ってたの」

「入院してたの」

「ずっと入院してたの?」

「いや9ヶ月」

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「私と一緒にいると仕事が増えるね。私がヒロアキ兄ちゃんを頼るから」

2009.2.14

「モモ、死ね、いっぺん」

2009.2.26

(深夜)「お父さん、起こして」

「起きてどうするの」

「あいさつするの」

「誰に」

「お客さんに」


9月後半に「1年検診」「半年検診」「3ケ月検診」怒涛の三連チャンがあった。
9月15日が島根医大で甲状腺の「1年検診」。数年前の健康診断で甲状腺に嚢胞のようなものがあり精密検査を受けろと言われ、3ヶ月検診を何回か、その後半年検診を何回か受けて、1年検診の3年目。変わりがないので検診期間が伸びている訳で、今回も大丈夫だろうと思うも余り気分のいいものではない。結果、無罪放免される。「これだけ変わりがなければいいでしょう。後はかかりつけ医に手紙を書いておきますのでそちらで診てもらってください」と言われて、やっと甲状腺検診から解放される。大丈夫だろうとは思っていたがまさか解放されるとは思っていなかったので、思わず胸の内で万歳する。これでもう医大に行かなくてもいいのかと思うと帰りの神戸川の土手道もドライブ気分。降りる所を通り過ぎてしまう。
9月24日が平田の総合医療センターで膵臓MRIの「半年検診」。
3回目の半年検診で、前回、前々回、膵管に出来ている腫瘍(?嚢胞みたいなもの)に変化なしが続いているのだが、さすがに甲状腺ほど安気にはなれない。35分縛り付けられて身動き一つできないのも地獄の苦しみだったが、3回目の今回は全然苦痛にならず。慣れたのかもしれない。
9月27日にMRIの結果が出る。MRIの写真を見せられ、嚢胞みたいなものが少し大きくなっていると言われる。確かに写真では小指の先っぽよりも小さい丸いふくらみが気持ち大きくなっている。
やっぱり膵臓は甘くなかったかと思ったら先生曰く。「中の液が増えてふくれることもありますから
あまり気にしなくていいです。これが大きくなったら(親指大より大きく)手術しないといけません」
「僕はまだ癌じゃないんですよね」
「はい、癌ではありません。ま、曽田さんはこのまままっとうできますよ」
と、妙な慰め方をされて狐につままれた気がする。
そりゃあこのまままっとうできるならそれに越したことは無い。嬉しいのだが、現に膵管に小といえども腫瘍のようなものはあるし、大きくもなっているのに本当に大丈夫なのだろうか。2年半前に膵臓の異常が見つかり、カナダまで血液を送って検査を受けた結果99%の確率で膵臓癌になると判定された。
あの自信に満ちたカナダからのお墨付きは一体何なんだと言いたくなるではないか。
思うに自分が自信を持って言えることはただ一つ。
この2年間、徹底した自己節制をして来たからではないかと言うことである。この自己節制だけは大威張りできる。1回の脂質が10g、一日の脂質が20g以下になるように気をつけ、油は断ち(最近はほんの少しは使っている)、焼き肉、ステーキ、ハンバーグ、とんかつ、すき焼き、しゃぶしゃぶ、中華、てんぷら、うなぎ、ピザ、コーヒー、ビール等々一口も口に入れていない。魚と野菜中心だがトロやブリは脂質が高くてアウト。外食の最大の贅沢が「スシロー」と「出雲そば・羽根屋の五段割子」なのだからその節制ぶりを察してほしい。
そのおかげで膵臓が鳴りを潜めていると思っているのだが、今回は先生に確認をとれず。実は儂の診察の前に一人で30分も話している患者がいて、廊下で待たされた患者がぶうぶう文句を言っていたのだ。
わしも相槌を打っていた手前、あまり長い時間先生を独占するわけには行かなかったのである。来年、3月に引き続きMRIがあるので、その時にでも確かめようと思っている。
そして、9月29日が前立腺の「3ヶ月検診」。おしっこの検査があるので貯めて来てくれと言われていて、漏れそうになるのを必死に我慢して検査を受ける。容器におしっこをしてその勢いを計測する。その後、超音波でおしっこの残りを検査する。
「あっ、残ってませんね。いいですね」
この3ヶ月の様子を問われる。例によって、7、8、9月の記録を見せる。
9月分(7、8月分は省略)

12時過ぎトイレに行って就寝   7時起床してトイレに行く

 

 

1日(9月)                     5:00         〇
2
日                            5:50     〇
3
日           2:30              5:40
4
日                3:20              6:40
5
日               3:10            6:05

6日                        5:00        〇

7日                        5:00        〇
8
日                      4:35         7:00

9日            2:40              5:50
10
日            2:40                 6:20
11
日         2:25                 5:50
12
日                3:30               7:00
13
日                              6:15  〇
14
日               3:00             6:10
15
日             2:40                 6:30
16
日                3:25               6:45
17
日                              6:00  〇 
18
日            2:30   3:35             6:30
19
日            2:30                 6:20
20
日               2:55                6:35
21
日                               6:20  〇

22日                            5:45     〇

23日                          5:10       〇

24日                 3:10                〇

25日                    3:55          6:15                        
26
日            2:20       4:00 4:45        7:00
27
日                       4:30          〇
28
日                                6:10 〇

29日                          

30日                          

31日                               

 

 〇がついているのが夜中に一回だけ起きた日。一回だけでも7時に起きてすぐにトイレへ行った日は当てはまらない。多少はよくなっているのかなあと言う感じである。この3ヶ月はタムスロシン(尿を排泄しやすくする作用あり。前立腺肥大に伴う症状{頻尿、残尿感}を改善する)を服用していたが、10月からはこれに加えてデュたステリド(男性ホルモンの働きを抑え、前立腺の肥大に伴う症状を改善する)と言う薬が出る。先生は前立腺を小さくする薬だと言っていた。果たしてどうなることやら。これも長くなりそうだ。

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